『ツレがスケベ小説に染まりまして…』
    
                           とっきーさっきー:作

第4話 涼花? りょうか? 絡み合う恋心

 「吾朗ちゃん、脱がないといけないの?」
「当たり前だろ。夜の営みは素っ裸でないと、絵にならないだろ」
吾朗はそう言ってのけると、画家が絵筆を持つようにB2の鉛筆を翳してみせた。

 陽が高く昇り、白く輝きだした窓辺にカーテンを垂れさせ、陰気さを演出させた室
内の床にうつ伏せで寝そべったまま、黒眼を涼花に向ける。

 「はあぁ~っ……」
どうしてこうなったのか?
涼花はやるせない溜息を吐くと、普段着にしているブラウスを脱いだ。

 そして肩口に掛かる黒髪が少し乱れて、軽く頭を振って整えてみせる。
「えーっと……『りょうかは、彼氏が見ている前でブラウスを脱いだ。ピンク色のブ
ラジャーが曝け出している』と。それじゃ、次はジーンズを脱ごうか?」

 フローリングの床面には、数枚重ねられた原稿用紙が敷かれている。
俄か小説家のこだわりだろうか。
手持ちのノートパソコンにでも打ち込めば早いものを、吾朗は鉛筆の芯をゴシゴシさ
せながらマス目を2行ほど埋めた。

 「ふうぅ~っ……」
さっきよりも濃い溜息を吐いて、涼花はジーンズを脱ぎ下していく。
吾朗が上目遣いに覗くなか、肌にフィットしたデニム生地を引き剥がすようにして、
最後はツマ先から抜いた。

 「はあぁ、恥ずかしい……」
胸を覆うブラジャーと、腰に貼り付くパンティーだけの下着姿。
いつもの行為でも、羞恥心をちょっぴり感じる。

 けれども今は、数倍返しでそれを意識してしまう。
永遠の愛を保証……
エッチな小説……

 『ド』が付く天然系の吾朗だが、そんな彼に惚れた自分が悪いのだ。
まともな思考では結びつかない単語どうしを、涼花は瞬間接着剤でひっつけていた。
『そんなのおかしいよ。変だよ』と囁く涼花の女の子にも、ついでとばかりに唇と唇
を接着剤で閉じさせた。

 「ゴシゴシ……『りょうかは男のモノを期待しているのか、腰をナヨナヨと振りな
がらジーンズを脱いだ。それなのに太腿の肉を閉じ合わせて、ピンク色のパンティー
を隠そうとしている。これが女心というものなのだろうか?』えーっと、次はブラジ
ャーだな」

 吾朗にデフォルメされて描かれていく。
恥女なのか?
清純なのか?
微妙なニュアンスの表現にやきもきしながら、それでも涼花は吾朗の指示に従った。

 小説のヒロインそのままに、涼花は太腿の肉を捩り合わせた姿でブラのホックに指
を掛ける。
吾朗の目と耳が監視するなか、『パチン』と音がした気がする。
絞め付けていた胸のふくらみが一気に解放されて、たぷんと小気味よく弾んだ。

 『シュル、スス』と肌を擦る音もして、ピンク色の細いストラップが、肩から二の
腕へ、そして手首から抜き取られていた。
「ふむふむ……『りょうかのバスト88のおっぱいが露わにされた。それを彼女は見
せびらかすように弾ませた』って、ことで」

 「えっ! 次ぃ?」
公式測定バスト81のふくらみを、涼花は両手で覆い隠していた。
こんなところで水増しされても全然嬉しくなくて。
次第に、性に奔放な女へと変貌する彼女に嫉妬なんかもしてみせて。

 本物の涼花は、両腕をクロスさせるようにして純な乙女を演出していた。
だから吾朗の目がスルスルと下に這っても、身を固くしただけである。
高校時代にバスケで鍛えられ、今も健康美溢れる太腿の肉をギュッと閉じ合わせたま
ま、白々しく訊き返すだけである。

 このマンションの一室で、目の前の自称官能小説家と、毎夜のようにエッチな共同
作業をする仲なのに。
「パンティーだよ。涼花のパンティー!」
吾朗が急かせてきた。
エロな執筆の腰を折らせるなと、涼花自身あまり記憶のないキツネ目で見上げてきた。

 「ああぁ……ふうぅっ……」
切なげに喉が鳴って、やるせない溜息が洩れた。
涼花は天井を仰ぎ見ていた。
マブタが勝手に閉じられる。
昼間なのに暗い闇を感じながら、胸を覆う両腕を振り解いていく。

 涼花の精神は、ジワジワと追い詰められていた。
故郷の両親にはお互い内緒の同棲生活で、なのに新婚の夫婦のように心を通じ合わせ、
肉の交わりも、妊娠の二文字にだけ注意を払いながらエンジョイしてきたつもりなの
に。

 いつのまにか二人の関係は、中年夫婦に見かける倦怠期に突入してしまったのか。
少なくとも涼花にその自覚はない。
けれども、パートナーである吾朗の方は……

 「やだ……吾朗ちゃん、見ないで……」
性欲にたぎる男の視線を感じた。
二つの両眼が、涼花の下半身を凝視しているのを素肌で意識していた。

 しかし涼花は、腰の関節を少し屈めた。
腰骨に引っ掛けるようにして貼り付く最後の一枚に指を押し当てた。
「はあ、はぁ……『りょうかは、パンティーと呼ばれるその薄布を下していった。そ
れも呆気ないほど清々しく、見守る男に子悪魔な笑みまで浮かべて』」

 目の前の吾朗には、小説の文言のように映っているのだろうか。
最後の一枚を取り去るのに、艶っぽい女の顔を晒した恋人の姿を。

 スル、スル……シュル、ススス……
否定したくて、涼花は恥じらいを意識した。
もしそうならば、そんな自分を拒絶したくて、指先に絡みつかせた布を下していく。
声帯に溜まる羞恥心を唇からどんどん発散させながら、楚々とした女の脱ぎっぷりを
披露させる。

 スル、スル……シュル、ススス……
両腕を下降させた。
丸まって、紐状に変化して、いつのまにかじっとりと汗ばんだ太腿の肌の上をパンテ
ィーが通過する。

 床に落とされたブラジャーと同色で、女性が魅せるセクシーさよりも日常生活を優
先させた。
そんな飾りっ気がなくて、発達したヒップの盛り上がりを全てカバーするフルバック
のパンティーが、グラつくヒザ小僧を乗り越えて、ふくらはぎを撫でて、ついには足
首の関節に纏わりついていた。

 「ふぅ、はぁっ……『りょうかはパンティーを脱ぎ棄てていた。必然的に沁みつい
た股布の汚れ。それを見せつけるように裏返してから、床の上へと落とした』」

 吾朗が吐き出す興奮の息遣いが聞こえた。
男好きな彼女が、そんな吾朗に全裸のまましなだれかかっている。
そんな気さえしてくる。

 涼花は心細くなった身体の前で、片腕を縦にして這わせた。
とりあえず胸の一部と、女の部分だけを隠すと、腰を大きくしゃがませた。
もう片方の手の指に摘まませた薄布を、既に脱ぎ落されていたジーンズとブラウスの
隙間に、素早く挟み込んでいた。


                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。