『ツレがスケベ小説に染まりまして…』
    
                           とっきーさっきー:作

第3話 ブレックファーストは恋人の告白タイム


 もしもである。
結婚を前提とし、将来を約束し合った男性パートナーが、突然に『官能小説を描きた
い!』と声を上げれば、女性側はどう対応すれば良いのだろうか?

 少々驚きもするが、冷静に考えれば『ふ~ん、あなたに作れるの?』とか。
『面白そうね。完成したらわたしにも読ませてよ』とか。
『悪いことは言わない。時間の無駄だから止めなさいよ』などが、レギュラータイプ
の回答だろうか。

 なかには『それ、どこで発表するの? もしプロの目に留まって出版なんてことに
なったら、版権の半分はわたしのモノだからね』とかいう、したたかな女性もいるか
もしれない。
そして『もしも』が現実に置き換わり、このカップルの場合はどうだったのか?

 「涼花……ちょっと相談があるんだ」
吾朗が神妙な面持ちで涼花に話し掛けてきたのは、窓際でエッチをした翌日のことで
あった。

 「相談って……なによ?」
小さなダイニングテーブルで向かい合ったまま、涼花が警戒の眼差しで訊いた。
吾朗の『ちょっと』には、とんでもなく重大な意味が込められることがある。
そういうのを、過去の経験則が知らせてくれるのだ。

 「あっ、スープ冷めちゃうわよ」
涼花は、立ち昇る湯気が減ったマグカップを指さした。
そのうえで彼女はというと、丸皿に載せられた食パンを摘まみ上げた。

 大雑把にマーガリンの塗られたソレを、口をめいっぱいに拡げてパクリとする。
続けて唇のパクリを数回繰り返すと、均一とは程遠い歯型の付いた食パンを、今度は
手元のマグカップに運んだ。

 薄い膜が張り始めたポタージュスープの中へと、勢いよく浸け込む。
クリーム色のスープがパン生地に沁み込んだところで引き上げ、耳の部分を摘まんだ
まま急いで口元へと運んだ。

 吾朗が見つめている。
食パンだけを先に平らげ、空になった丸皿を手元に置いたまま、彼女の一連の動作を
固定させた瞳孔に追いかけさせて。
まるで観察でもしているかのように。

 「や、やだ……わたしの顔に何かついてる?」
ホテルで愛の契りを終えて一年余り。
このマンションで二人っきりの生活を送り始めて半年余り。

 その間、毎日のように顔を突き合わせて朝食を共にしているが、こんなにぎこちな
く感じたのは初めてである。
涼花は、テーブルの端に置いてあったボックスティッシュから数枚引き抜くと、慌て
て口元を拭った。

 「ねっとりとした唇……鮮やかに紅い舌……たらたらと垂れ落ちそうな透明な唾液
……」
「ち、ちょっと……吾朗ちゃん?!」
「その小さな唇が、熱く焼けた肉棒を咥え込み……」
「に、肉棒……? 吾朗ちゃん、朝からなんてこと言うのよ!」

 昨夜から少々様子が変であったが、わたしの彼氏はついに壊れてしまったのだろう
か?
虚ろな瞳でこちらをじっと見据えて、あらぬ単語を取り憑かれたように語り出してい
る。

 「もう、いい加減にしてよ! エッチ! スケベ!」
涼花は叫んでいた。
バンッと音を立てて、テーブルを叩いていた。
並べられた食器が驚いたように、甲高い音色を響かせた。

 「あぁ、ははははっ……ごめん、涼花……お前の顔を見てたら、ふぅっと思い浮か
んでさ」
ようやく怪しげな妄想癖が解けたようである。
吾朗が取り繕うように苦笑いを浮かべた。

 前髪の生え際のところをボリボリと掻いて、忘れていたようにマグカップに手を伸
ばしてみせた。
「ずずぅーっ……実はさ、涼花、ズズゥ……俺、小説を書いてみようと思って……」

 「小説?」
「ズルズズゥ……そう、小説……ちょっとエッチぽいやつ」
吾朗はアゴを持ち上げた。
マグカップに残されたスープを一気に呑み干そうと、肘を張って顔全体を大きく上向
かせた。

 「それってさ……いわゆる官能小説?」
オツムの方は壊れてなかったらしい。
いや、まだ要警戒であるが……涼花は頬杖をついて訊いた。

 「最近、ずーっと考えたんだよな。涼花と俺の関係。愛し合ってるし、セックスし
てる時だって気持ちよく快感できてるんだけど……何かこう、中弛みというか……」
「ふ~ん、それで?」

 「それでさ、バイトをしてる間もさ、一生懸命考えたってわけ。涼花と俺のエッチ
をモデルにしてだな、小説を書こうってな。もちろん偽名でだけど。はぁ~、ごちそ
うさん」
空になったマグカップが、トンとテーブルに置かれた。

 吾朗もティッシュを摘まみ出すと、口元をゴシゴシと擦った。
「嫌よ、そんなの。恥ずかしいじゃない。吾朗ちゃんと……その、セックスしてると
ころを小説にするなんて、わたし絶対にお断りだからね」
涼花の頬杖が崩れた。

 意識して感情を消した流し眼が、瞳を見開いたドングリ眼に変わり、今度は両手の
拳でドンドンとテーブルを叩いていた。
「涼花、そう剥きになるなよ。これも涼花と俺との愛を永遠にするためには、避けて
通れない道なんだ」

 「エッチな小説が、永遠の愛を保証するとでも言うわけ?!」
「保証される」
吾朗は自分の胸をドンと叩くと、自信ありげな顔を作った。
拒絶一辺倒だった涼花の目を覗き込み、スープの拭き残しが目につく口の端をニィっ
と笑わせた。


               
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。