「人質法 第2条」

                     赤星直也:作
第1話 人質の美香
 
 「お父さん。私を人質にして借金の返済をしないと、お母さんとの思い出があるこ
の家が競売に掛けられてしまうわよ」
「しかし、お前を人質にはしたくないよ」雄一は苦しそうに答えた。

 実際、美香の家には毎日のように借金の取り立て人が訪れていた。
取り立て人の前で土下座する父を見ていた美香には堪えられない事で(私が犠牲にな
ればお父さんと朋美が楽になるし…)そんな安易な考えで言いだした。

「でも、お父さん。返済の当てがあるの?」その言葉には返す言葉がない雄一で、黙
り込むしかない。
「お姉さん、本当にいいの?」それを聞いていた妹の朋美が心配そうに尋ねた。

 「私、後悔はしないわ。後は朋美がお父さんの面倒をみるのよ」
「わかったわ、姉さん。後は私がやる!」姉の決意を聞いて返事すると「そこまで言
うなら仕方ない。美香、すまないな。必ず、抵当を解除するからな」雄一は美香に頭
を下げた。

 家族達はテーブルに置かれた書類にサインして「それじゃ、登録してくるわね」美
香は書類を持って登記所に向かうと数人が訪れており、受付に書類を渡して呼ばれる
のを待っていた。

 「これで家族とはしばらく会えないわ…」美香が1人で思いにふけっていると、事
務員の「桜井美香さん!」と呼ぶ声がする。
呼ばれるまま、窓口に行くと「できあがりました。抵当設定人と一緒に、もう一度来
て下さい。それで、設定が終わりです」係員は事務的に説明をしていく。

 「わかりました」美香は一旦、家に戻ってから家族と別れの挨拶を始めた。
「で、どこの抵当になるのだ?」
「大通りのビルがあるわね。あそこにある近藤人質商会がいいわ。アソコは綺麗そう
だし…」
「姉さん。そこにするんだね?」
「そうよ、綺麗な方がいいしね」美香が笑顔で答える。

 その後、美香は雄一と一緒に「近藤人質商会」と書かれたドアを開け、中に入った。
「いらっしゃいませ」まだ若い女性が中央に座っており、側には「人質係」のボード
が立っている。
「人質になりたいのですが…」美香が明るい顔で言うと「綺麗な方ですね。あなたな
ら3千万はお貸しできますが…」女性は美香をじっくり見ながら言う。

 「そんな、綺麗だなんて。それよりも、本当に3千万お借りできるんですね?」
「はい、間違いなくお貸しします」
「わかりました。それでお願いします」思ったよりも高額が示され満足そうな顔をし
ている。

 「それでしたら、ここにサインをお願いします」事務員は書類を差し出した。
美香と雄一はサインをしてから書類を渡し、雄一が3千万円と書類のコピーを受け取
ると「結構です。直ぐに登録しますから、お嬢様はお待ち下さい」事務員に言われ、
雄一とはこの事務所で別れた。
 
 美香は事務員に連れられて社長室に案内され、社長室に入るなり「あっ!」驚きの
声をあげた。
ここの社長は同じ大学の卒業生だった近藤純一で「これは、桜井美香さんじゃないで
すか。お久しぶりですね」声を掛けてくる。

 「そうよね、久しぶりですね」美香は鋭い目で見つめる純一に一抹の不安を感じた。
それは、美香が2年生の時にデートを誘われて断ったからだ。
しかも、同級生の前でだったから大学で噂になり、純一は大学で笑い物にされてしま
った。

 それを思い出したが、純一はそんな事など忘れたかのように「美香さん、登記所に
行きましょう」「そうして下さい」純一と美香の2人はビルから登記所に向かった。
 
 登記所で、美香と純一は書類にサインをして「これで、人質が登録されます。くれ
ぐれも丁寧に扱って下さい」事務員が注意を読み上げる。
「わかってますよ」純一は慣れた様子で書類を受け取り「美香さん。あなたは、今日
から私の人質ですよ」見つめて言い「わかっています…」震えながら返事をする。

 美香が登記所から純一と一緒に出ると「早速ですが、これからの住まいにご案内し
ます」「えっ、あのビルが人質の住むビルではないの?」意外なことに驚いた。
「あんな、一等地に人質を置いたら私は破産してしまいす。人質には人質にふさわし
い場所があるんですよ」純一はタクシーを拾う。

 美香もそれに乗ると、タクシーは寂れた町中を通り過ぎ古ぼけたビルが並ぶ通りに
入って行く。
「そこで、止めて!」タクシーが停まり、美香と純一はその古ぼけたビルが並ぶ中の
一つに入って行く。
 
 ビルの入口には「近藤人質商会」の看板がある。
「ここなの?」
「そうだ。ここだよ。ここが、美香さんの住まいになるんだよ」純一の目が光ったが、
美香はそんな事に気が付かない。

 「ここは、見た目は古いが冷暖房完備で裸でいても風邪をひくことはない。それは
登記所の役人も知っているよ」
「裸だなんて!」大学時代の事が思い出され(もう、戻れない。行くしかないんだ!)
美香は心の中に言い聞かせて、不安を抱きながら建物の中に入って行く。

 ビルの中は小さな部屋に区切られていた。
どの部屋もガラス窓が取り付けられていているから中が見え「いやー!」何気なく中
を覗いた美香は悲鳴をあげた。
美香が見た部屋には、全裸で両手を後ろ手に縛られて、足には鉄の鎖が付けらた女性
がおり、美香の全身が震えている。

 「お願い、いや。こんなのいやです!」
「やめてもいいんですが、3千万はどうします、それに、利息もありますよ」ニヤニ
ヤする純一に(そうよ、お金はもうないんだ!)何も言えない美香だ。
 
 しかし「裸はいやです。せめて、パンティだけでも履かせて下さい!」なおも言い
返すと「ふざけるな。裸がイヤなら金を返せ。返せないなら規則に従うんだ!」純一
のきつい一言に美香は泣き出した。

 「美香、お前の部屋は特別に良い部屋を使わせてやるよ。お前は例外だからな」純
一はニヤリと笑って、美香を3階の一番奥の部屋に連れて行く。