『闇色のセレナーデ』
    
                           とっきーさっきー:作

第23話 忍び寄る悪魔の足音


 「ぐふふふっ、もう逃がさないぞ、千尋」
千佳は、部屋の隅に追い詰められていた。
だが当の彼女からは、まだ救援の合図は届かない。

 レイプ魔の目をした緒方の姿に、卓造は悶々としながら待ち続けた。
その間にも身動きの出来ない千佳に向けて、男の両腕が襲い掛る。
腰も引けない彼女の下半身に触れると、スカートのホックを外しファスナーを引いた。

 「嫌ぁっ、スカートを脱がさないで……ヒィィッッ! 誰か……」
「諦めるんだな、千尋。これ以上逆らったりすると、ハヤシバラ文具との取引は解消
させてもらうよ。そこにいる上司も困るんじゃないのかね」

 垂れ下がったタイトスカートのウエストを掴んだまま、緒方が牽制するように卓造
の方を見る。
「な、何をしているんですか? 彼女から離れなさい」
「うるさい! 千尋はワシの女だ。この女のオマ○コはワシのもんだ!」

 とても大手企業の副社長とは思えない。
緒方は血走った目でそう吠えると、ガードしようとした千佳の手を振り払い、タイト
スカートを一気に引きずり下ろしていく。
ヒザの辺りまで脱がされて、彼女の股間に淡い翳りが覗いた。

 「ヒャアァァッッ! 見ないで! 恥ずかしいアソコをみないでぇっ!」
「うっひょお、可愛いマン毛じゃねえか。その奥も見させてもらうぜ」
千佳の悲鳴など、豹変した緒方には聞こえていない。
スリットの先端を晒したまま震える股間に、太短い指を這わせていく。

 「ヤメロぉっ! この変態、さっさと手を放せ!」
もう我慢の限界だった。
卓造は緒方に飛び掛かると、背中から羽交い絞めにする。
その間に千佳が、ヒザに絡んだスカートに足を取られながらも脱出を図った。

 「クソぉっ! こら、何をする?! こんなことをして、ただで済むと思ってるの
か?」
「ああ、充分思っているさ。小嶋技研副社長の悪行は、この通り撮影させてもらった
からな」

 ずり落ちたスカートを引き上げた千佳が、卓造のスマホを緒方に突き付けていた。
縦長の液晶画面には、数分前の凌辱劇が鮮明な画像で再生されている。
「お、お前達、このワシを嵌めたんだな。いったい、なんのために?」

 卓造が腕の力を緩めた途端、緒方はヘナヘナと床に崩れ落ちていた。
ヒザをついてしゃがみ込み、恰幅の良かった肩が情けないほどすぼみ、後退した頭頂
部の髪だけを強調させて項垂れている。

 「ふぅー、無茶をしやがって……後でお尻ペンペンだな。はははっ」
「へへへ。ごめんなさい、おじさん。でも、わたしのお陰でうまくいったでしょ?」
「ま、まあ……そういうことだけどな」

 卓造は無邪気な笑顔を見せる千佳に、仏頂面のままで天井を見上げた。
ハードボイルドな男を気取って、その間に、これからのことをシュミレートしていく。
この動画がある限り、副社長派は終わりだろう。
千佳の父親である小嶋技研社長、小嶋啓治の社長の座も取り合えず安泰でいいのだろ
う。

 後は、この緒方をどう利用するかだった。
この男を手駒にして、和也を封じ込めることができれば……
(これで本当に良かったのだろうか?)

 そう考え始めた卓造の脳裡を、小さなわだかまりが駆け抜けていった。
千佳の顔付きを見れば、一目瞭然の完全な勝利を得たのに、どうしようもない不安が
脳裡だけでない。
胸の中まで覆ってくるのだ。

 卓造は嫌なモノを振り払おうと、首を振った。
危機一髪の千佳の動画に目を落としている千佳が、ぼやけるように歪んで……

 カチャッ……!
ドアが開く音がした。

 「どうせ、こんなことだろうと思いましたよ。クククッ……」
そこに立っていたのは和也だった。
感情を消した冷たい笑い顔のまま、肩の凝りでもほぐすように頭を傾げて首筋を伸ば
している。

 「お、お兄ちゃんが、どうしてここに……?」
「そんな……和也君、キミは確か社長と出張のはずでは……なぜ?」
スマホから顔を上げた千佳は茫然とした口ぶりで呟くと、金縛りにでも会ったように
全身を硬直させた。
振り向いた卓造も然りである。

 事前に和也の予定は調査済みである。
父親の社長と共に、朝一の新幹線で東京へ向かったはずである。それなのに?

 「急に気が変わりましてね。親父……いや、社長には申し訳ないですが、おひとり
での出張をお願いしました」
「それで、引き返した後は、俺達の行動を監視していたと?」

 「ええ、そうです。本来の監視役だったお方が役立たずのようですからね。仕方な
く僕が代わりに」
和也は卓造から目を離すと、瞳だけを真横にスライドさせる。
背後に控えていた男に向けて、面倒臭そうにアゴをしゃくった。

 「申し訳ありません。千佳様、佐伯様」
肩を落とした藤波が、力のない足取りで姿を現した。
まるで縄を打たれて引き立てられた罪人のように。

 「まったく、どういうつもりでしょうか? 恩を仇で返すとはまさにこのことです
よね。千佳と同い年の妹さんが入院しているというのに……残念です」

 そんな藤波に対して、和也の言葉は背筋が凍るほど寒々しいものだった。
そして最後に付け加えた『残念です』が、入院中だった妹の運命を悲惨な意味で暗示
していた。

                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。