『NOA 鍵』
 
                    Shyrock:作

第6話

 オレは間違いなく鍵を開けて自分の家に入った。
ところが、今ここにいる見知らぬ女は、ここが自分の家だと主張する。
まるでキツネにつままれたような話ではないか。

 次の瞬間、オレはあるひとつの事が閃いた。
(ま、まさか……それはないだろう……)

 オレは少しびくつきながら女に尋ねてみた。
「ここ、803号室だよね?」
「ええっ!何を言ってるのよ!ここは903号室よ!」
「ええ~っ!?ほんとに!?」
「ということは、もしかしてあなたは803の居住者なの!?」

 何ということだろうか。
オレが鍵を開けて入ったのは、オレの家ではなく1フロア上の903号室だったのだ。
泥酔していてエレベーターのボタンを押し間違えたのだろう。

 「でもオレの持ってる鍵で開いたんだよ!」
「そんなこと私に言われても知らないわよ!」

 それもそうだ。この見知らぬ女の責任ではない。
前の居住者が退去した後、家主が鍵を取り替える際に、何らかの手違いが生じて、偶然一致する鍵を取り付けてしまったのだろう。

 家主に厳重に文句を言わなくてはならない。
しかし、ちょっと待てよ。
この件が家主に伝わると、今夜のことも一部始終がばれてしまうかも知れない。
 理由はともかく、オレが見知らぬ家に【不法侵入】してしまったことには違いない。

 しかもそこの住人である1人暮らしの女性を、まるで夜這いをするかのように抱いてしまったのだ。

 もしも訴えられでもすれば、大変なことになりそうだ。
【不法侵入】に加えて【強姦罪】で訴えられるかも知れない。
しかも妻にまでばれてしまうと……

 そんなことを考えているうちに、額にじっとりと汗が滲み出してきた。
宵に飲んだ酒もすっかりと冷めてしまって完全に素面を取り戻していた。

 とにかくここは謝っておくしかないだろう。
「ごめんなさい。オレ、自分の部屋に入ったつもりだったんです。鍵もピッタリと合ったし。で、妻が寝ていると思ってついやっちゃったんです……。本当にごめんなさい」

 オレは恥も外聞もなく、豆球だけの暗がりの中、正座をして目前の女に頭を下げた。

 女は意外にも笑みを浮かべ……
「いいの。謝らなくてもいいわ……」
「……?」
「だって、すごく良かったんだもの」
「え?……あはは、そうなの?」

 オレは女の一言に溜飲を下げる思いがした。
「心配しなくても誰にも言わないわよ。でもひとつだけお願いがあるの」
「お願い……って?」
「月に一度でいいから、またこうして忍んで来てくださる?」
「ええっ……!?」

 「いいえ、無理にとは言わないわ。あなたにその気があればってことで。もちろんこの事はふたりだけの秘密にしておくから」
「うん、分かった……」

 オレはさほど斟酌をすることもなく、女の要求を飲んだ。
女に対し罪意識もあったから、今は従順になることがベターだと考えたからだ。
いや、本音は、今後も今夜のような良い目をしたいというスケベ心が働いたのかも知れない。

 事情が分かれば長居は無用とばかり、オレは服を着て早々に立ち去る事にした。
玄関ドアを開けて外に出ると、幸いにも廊下には人影はなかった。
オレはまるでこそ泥のように自分の家へと戻っていった。


                

   この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました