『NOA 鍵』
 
                    Shyrock:作

第7話(最終話)

 オレは妻を起こさないように足音を忍ばせて家に入っていった。
幸い妻はぐっすりと深い眠りに就いていた。
オレはそっと妻の横に滑り込んだ。

 寝床に就いたオレの頭の中を先程のことが駆け巡る。
眠ろうとしてもなかなか寝つけない。
まるでキツネに抓まれたような話だが、まぎれも無い事実だ。

 同じマンションで上下階の鍵が一致するなんてあり得ない事だ。
いや、あってはいけないことだ。
どのようないきさつからこんな事になってしまったのだろうか。

 やはりマンションの管理人に事情を話してシリンダごと取替えさせるべきではないだろうか。
しかしそうなると妻に先程の事件を勘ぐられる惧れがある。
ここは何も無かったように過ごすのが無難かも知れない。

 あれこれと考え込み、その夜はついに明け方まで眠ることができなかった。

◇◇◇◇◇

「昨夜かなり遅かったわね」
(ギクッ)
 妻からそんな言葉が飛び出した時、オレは飲みかけのコーヒーをこぼしそうになった。

 「うん、送別会の後、数軒ハシゴしてしまってねえ」
「付き合いも大変ねえ」
「うん・・・あぁ、飲み過ぎて……頭が痛い……」
「あ、だいじょうぶ?何か薬飲む?」

 オレは妻から手渡された錠剤が何なのか聞きもしないで口に放り込み、水を1杯グイと飲んだ後、そそくさと家を出て行った。

 エレベーターに乗り1階へのボタンを押した。
もしかしたら昨夜の女と乗合わすのではないか、などと思ったが女の姿は無かった。

 エレベーターが1階に着きエントランスホールから外へ出ようとした時、女の声が聞こえてきた。
「おはようございます」
「?」

 オレは声がする方向に目を向けた。
そこに立っていたのはポリ袋を手にした見知らぬ女だった。
おそらくゴミ集積場にゴミを捨てに来たのだろう。

 暗がりだったためはっきりと覚えていないが、もしかしたら昨夜の女かも知れない。
いや、おそらくそうだろう。
女はオレの顔を覚えているようだ。

 オレは心の動揺を隠しきれなかったが、あえて自然な表情をつくろいながら挨拶をした。
「おはようございます……」

 女は微笑を浮かべている。
歳は30歳手前ぐらいだろうか。よく見ると目鼻立ちの整ったかなりの美女だ。
 オレがその場から立ち去ろうとした時、女は再び声をかけて来た。
「行ってらっしゃい……」
「い、行ってきます……」

 オレはギクリとしたが軽く会釈を返し、足早に駅へと向かっていった。




                 

   この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました