『加奈子 悪夢の証書』
 
                 Shyrock:作
第3話


 加奈子は呆然とした。
それもそのはず、契約書の第6条に、夫が契約に違反すれば加奈子を相
手方に30日間任せると言う無理非道な記載があった。
しかし、それはあくまで夫が契約に違反していたら、の話ではあったが。

 加奈子は声を詰まらせながら阿久原に尋ねた。
「こ、この契約書、本当に夫がサインしたのですか?」
「これは異なことをおしゃる。まるで、私らが勝手に契約書をねつ造し
たみたいに聞こえますがな」

 「いいえ、決してそんな意味で言ったわけでは……」
「そないに聞こえましたけどなあ。契約書にはちゃんとご主人が自分で
実印を押したはるし、それに印鑑証明かてもろてますんやで」

 阿久原はそうつぶやきながら加奈子をじろりと睨んだ。
「ご主人を亡くしはってまだ間ぁないし、そこへ突然ご主人の借金のこ
と聞いて、奥さんも気が動転したはるやろから、私もあんまりきついこ
と言いたないんですけどねえ。せやけどこっちも商売ですし、ちゃんと
伝えとかんとあきまへんからなあ。ごほん。で、借金の件ですけど、ご
主人は今年の四月以降1円も返済してくれたはれへんのやけど、奥さん、
これ、どないしはるつもりでっか?」

 「えっ!ずっと返済していないのですか!?」
「はい。私らも困ってますねん。四月から今日までで6カ月経ってるか
ら、元金だけでも合計六百万円になりますねん。それに利息と延滞利息
も合わせて払ろてもらわなあきまへんしなあ」

 「い、いつまでにお返しすればいいのでしょうか……」
「いつまでと言われてもなあ……もう期限過ぎてるますよってになあ」
「何とか返します!出来るだけ早く返します!」

 「金を返すだけではあきまへんのや」
「何故ですか!?」
「契約書に借金返せんかったら、奥さんを私に任せるて、書いてますや
ろ?ここですわ。ここに書いていますわ」

 阿久原は加奈子の目前に契約書を突きつけた。
その様子はまるで猛獣が小鹿を絶体絶命の境地に追い詰めた場面そのも
のであった。

 「ではどうしろと言うのですか?」
 加奈子は今にも泣き出しそうな表情になっていた。
「簡単なことですわ。契約書の内容どおり履行するだけのことや」

 阿久原は淫靡な笑みを浮かべながら加奈子にそう告げると、突然衣服
の上から乳房をわしづかみにした。
「きゃっ!!」

 加奈子は思わず阿久原の手を払い後ずさりした。
次の瞬間、後に回り込んでいたもう一人の男が、後方から加奈子を羽交
い締めにした。

 「な、何をするんですか!!やめてください!!」
加奈子を羽交い締めにしたのは、阿久原に同行してきた園木と言う若い
男性であった。

 すごい力で加奈子をグイグイと締め上げた。
「い、痛い!やめてください!乱暴はやめて!!」
「奥さん、大人しく社長の言うとおりにしておいた方が利口ですよ。奥
さんに危害を加えるつもりなんて全然ありませんから。ふふふ」

 園木はまだ若いがなかなかドスのきいた声で、素人の女性を威嚇する
には十分であった。
“危害”と言う言葉を聞かされた加奈子は思わずすくみ上がってしまっ
た。

 まもなく園木は加奈子の前方に廻りこみ、ロープで加奈子の手首を縛
ってしまった。
手際のよさからおそらくロープは予め準備をしていたのだろう。

 「な、何をする気!?」
「ふふふ、窮屈だろうけど少しの間大人しくしててもらいます」
「そんなぁ……」

 園木は器用な手付きで加奈子の手首をしっかりと結んでしまった。
加奈子は手首をよじり外そうと試みたが、がっちりと縛られていてびく
ともしなかった。

 阿久原はそんな光景をニヤニヤしながら眺めていた。
「園木。奥様を天井から吊るしてあげなさい」