『ありさ 土蔵の濡れ人形  第二章』
 
                    Shyrock:作

第十六話「縄の痕」

 布団に入って目を閉じると、瞼の向う側に優しく微笑む母の顔が浮かんだ。
(お母さん……ありさ、辛いよ……もう耐えられないよ……お母さん、会いたいよぉ
……)
目からほろほろと大粒の涙が溢れた。
疲れていたせいか、涙が乾かぬうちにありさはいつしか深い眠りに落ちていた。

◇◇◇

 「その手首のカタどうしたん!?」 
「えっ?これは……」
「もしかして縄の痕とちゃうん?」
「いいえ……そうでは……」

 台所で米を研いでいるありさの手首に、縄の痕を見つけた先輩女中がやいのやいの
と騒ぎだした。
ありさが口籠っていると、瞬く間にほかの女中たちが集まってきた。

 女中たちはどうしたのか?と口々につぶやきながら、ありさの手首に残った疵痕を
興味津々で見入っている。

 「あれまぁ!縄の跡が着いてるやないの。誰にやられたん?」
「もしかして粗相してだんさんに折檻されたんちゃうやろな?」
「そ、そんなことされてません……」
「だんさんにけったいな癖、あったりしてなあ。あぁ、気色わるぅ~」
「アホなこと言いな。だんさんの耳に入ったらどやされるで」
「うちはどう見ても縄の痕やと思うんやけどな……」
「……」

 「ありさ、正直にいいよし」
「いいえ、大丈夫ですから……」
「大丈夫なこと、あるかいな」
「心配やから尋ねてるんやで」
「本当に大丈夫ですから」

 ありさは女中たちに囲まれて、その輪から出るに出られず困っていた。
輪の中には下女中のふみもいたが、一言も語ることはなくずっと口を閉ざしたままで
あった。

 女中たちがありさを取り囲んで騒いでいる様子を、遠くから心配そうに見つめてい
る人物がいた。
それは丁稚の音松であった。

◇◇◇

 しばらくして、下女中のふみが九左衛門の部屋を訪れ何やらひそひそ話をしていた。
「何やて?ありさの手首に縄の痕が丸見えになってて、女中たちに囲まれて騒ぎにな
ってたんやて……?」

 「へえ、ありさは縄やと認めてないんでっけど、あれはどない見ても縄の痕やと思
うんですわ」
「ふ~ん」
「ありさがどこぞの男と変なことしてたらあかんと思いまして、だんさんにお知らせ
に参りましてん」
「そうか、そうか、よう知らせてくれたな、おおきに。これ取っとき」

 九左衛門は駄賃として五十銭硬貨を一枚ふみに渡した。
ふみは礼を述べて部屋から出て行った。
「むむむっ、あのあほんだらが!包帯ぐらい巻いとかんか!くっ、許さん!」

 九左衛門はすごい剣幕でありさを呼びつけた。
「なんで縄の痕をわざわざ周囲に見せつけたんや!」
「わざわざ見せつけたわけではありません。洗い物をする時、濡れてはいけないので
袖を捲っていただけです。それで自然に見えてしまったんです」

 「包帯で隠さんかったんか?」
「悪いこともしていないのに、隠す必要があるのでしょうか……」
「このドアホが!」

 (バシン!)

 九左衛門の平手がありさの頬に炸裂した。
「うっ!」
「わしに説教をする気か!」
「いいえ、そんなつもりは!」

 「朝っぱらから店のもんに手ぇ出して、顔に青たん作ったら、どんな悪評が広がる
や分からへん。しゃあない、ケツで堪忍したるわ。さあ、ケツ出し」
「お尻ですか!?そんなこと恥ずかしいこと嫌です!」

 「顔やなしにケツで堪忍したるちゅうてるんや!ごちゃごちゃ言わんとはよケツ出
し!」
「分かりました……」
「四つん這いになって着物を自分で捲るんや」

 あまり逆らっていると再び顔を打たれるだろう。
ありさは観念して言われたとおり、四つ這いになって着物の裾を捲り上げた。
「腰巻もいっしょに上げんかい!あんまりぐずぐずしてたら、ケツの穴に煙管ぶち込
むで!」

 冗談ではない。ありさは急いで着物といっしょに腰巻も捲り上げた。
「ぐふふふ、朝からええ眺めやないか」
「恥ずかしい……」

 ありさは目を瞑って懸命に羞恥に耐えながら、畳に両手を着き尻を突き出した。
「もっとケツをたこう(高く)突き出さんかい!」
要領が分からないうえに、恥ずかしくて思いきって尻を突き出せない。

 九左衛門に怒鳴られながら、ようやくありさは尻を九左衛門が得心する高さまで上
げることができた。
そのせいで菊門と秘所とが丸見えになってしまっている。

 少しくすんだ桃色で皺が放射線状に伸びている菊門。
その少し下の美しい縦割線が開き気味になって秘め貝が静かに息を息づいている。

 九左衛門は竹尺物差しを取り出した。長さは二尺ある。
「今からケツを二十回叩く。叩かれる度に数を数えるんや。もし数え忘れたらその分
追加するで。ええか?」
「……」
「返事は?」
「はい……」

 九左衛門はありさを威嚇すると、風を切る音がして竹尺がありさの尻に叩きつけら
れた。
(ピシャッ!)

 大きな衝撃音が鳴り響き激痛が走った。
「数えて!」
「ひ、一つ……!」

 ありさは顎を上げ背中を反らし、痛みを堪えながら、懸命に数を数えた。

 
                

   この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました