『惠 淫花のしたたり』
 
                    Shyrock:作
第9話

 『植物X』は険しい表情の人間たちをよそに、清まし顔でそびえているように見え
た。
山田教授はポケットからケータイを出し誰かに電話をした。

 「もしもし、あぁ、武田君、山田だ。もうこちらに向かってるの?」
「うん・・まだなんだね?それは良かった。じゃあ今から医学部の山口教授のところ
に寄って、私からだと伝えてメスを1本借りてきてくれないか?」
「うん・・そうそう、手術用のメスだ。うん、じゃあ、頼むね」

 山田教授は研究グループリーダーの武田に用件を伝えてすぐにケータイを切った。
周囲からどよめきが起こった。
山田教授が手術用のメスを依頼したことが、周囲の生徒たちに動揺を与えたのだった。

 それから20分ほどが経過し、武田たち研究グループのメンバーが到着した。
「教授、お待たせしました!」
「おお、みんな、ご苦労だったね」

 武田は早速要求されたメスの入ったケースを鞄から取り出し、山田教授に手渡した。
「武田君、すまなかったね。じゃあ、早速取り掛かるとするか」
「『植物X』を解剖するのですね?」
「そうだ。せっかく苦労してブラジルから持ち帰ってくれたのに申し訳ないね」
「いいえ、それは仕方ありません。人命が掛かっているのですから」

 山田教授はケースからメスを取り出し、これから行う作業工程を説明した。
「皆さん、驚かないで聞いてもらいたい。現在行方不明になっている中小路惠さんは
残念ながら、我々がブラジルから持ち帰ったこの『植物X』に食べられてしまった可
能性がある。いや、もしかしたらこの中でまだ生きているかも知れない。そう信じて、
私は今からこの『植物X』を解剖する」

 「ただし彼女が生きている場合を想定して、細心の注意を払いたい。そのため、ゆ
っくりと時間を掛けて裂いて行く。そこでだ、万が一のことを考えて、気の弱い人は
この場所から早く立ち去ってもらいたい」

 山田教授の説明が終わると周囲は騒然となったが、誰一人立ち去ろうとする者はい
なかった。
むしろ、激励の声が飛び交った。、

 「先生、手伝えることがあったら何でも言ってください!」
「俺にも何か手伝わせてください!」
「私は何も手伝えないけど、ここで中小路さんの無事を祈っています!」
「僕も!」

 生物理工学部外の宮本由紀も立ち去ろうとしない。
「先輩はきっと無事です。私、そう信じています!だからここにいます!」
「よし分かった。じゃあ、今から作業に取り掛かる。武田と西山には手伝ってもらお
うか」
「はい!」
「『植物X』が揺れないようにしっかりと支えていてくれ」
「はい、分かりました」

 山田教授は『植物X』の前に立ち、花弁のある上方を見上げた。
幹高があるため、脚立が用意された。

 女子生徒2人が両横から脚立を押さえる役目を買って出た。
山田教授は脚立に足を掛けた。
幹高は2メートルほどなので脚立を2段ほど登れば花弁の位置に到達する。

 山田教授は2段目で足を止め、幹にメスを近づけた。
生徒たちは固唾を飲んで様子を見守っている。
濃い緑色の幹にメスが触れた。

 繊維は縦に走っているので縦に裂くのが適してる。
山田教授は薄皮を剥ぐようにそっとメスを滑らせた。
言葉を発する者は誰もいない。

 2ミリ、4ミリと幹はゆっくりと切り裂かれていく。
6ミリ・・・8ミリ・・・
幹はかなり分厚い皮で包まれているようだ。

 1センチに達した時、山田教授の口から声が漏れた。
「あっ・・・」


                

   この作品は「愛と官能の美学
」Shyrock様から投稿していただきました