『惠 淫花のしたたり』
 
                    Shyrock:作
第10話

 幹の表皮の裂け目から人間と思われる白い肌が現れた。
生徒たちの間から驚嘆の声が漏れた。

 山田教授はさらに切開を進めた。
メスの扱いはひときわ慎重になっている。
間違って肌に傷をつけてはならない。

 開口部がゆっくりと拡がり、内部が次第に鮮明になっていく。
見えてきたのは人間の腹部のようだ。
肉付きから考えてどうも女性のようだ。

 山田教授の口からぽろりと言葉が漏れた。
「中小路さん・・・生きていてくれ・・・」
周囲の生徒たちも山田教授と同様に惠の無事を願った。

 中には手を合わせて祈願している生徒の姿もあった。
誰から聞いたのか現場に駆けつけてきた生徒も次第に増え、いつのまにか周囲に人垣
ができていた。
 
 切開はさらに進み胸部が露出し、乳房の存在から隠蔽されている人間が女性である
ことが明らかとなった。
ほっそりとした首筋が見えた頃、周囲は静まり返った。
惠を知る者がほとんどであったため、その女性が惠であるか否かに注目が集まった。

 まもなく女性の顔が現れた。
一瞬周囲からどよめきが起こった。
「やっぱり中小路さんだ!」
「惠ちゃん!」

 山田教授はそっと首筋の付け根附近に手を当てた。
体温は感じられるし、しかも血管がドクドク動いているのが分かった。
「大丈夫だ!中小路さんは生きている!」

 その瞬間、周囲から歓声が巻き起こった。
『植物X』の解剖は終了し、惠は無事救い出された。
ただ意識を失っていたため、すぐに救急車が手配され病院へ担ぎ込まれた。


 「すっかり元気になったようだね」
「本当にありがとうございました。教授や皆さんのお陰で助かりました」

 「肉食植物に食べられて生き永らえられたのはまさに奇跡的と言えるね。時間の経
過からすればすでに消化されてしまっていてもおかしくはなかった。でも中小路さん
は身体に傷ひとつ負っていないし、『植物X』が栄養分を送ってくれていたお陰で身
体の衰弱も全く見られない」

 「ほんと、不思議ですわ」
「『植物X』が君を食べた目的が何だったのか、これはいまだに謎だよ」
「・・・・・・」

 惠は知っていた。
『植物X』が惠を捉えたのは、食することが目的ではなく、惠の愛液を求めていたこ
とを。
そして『植物X』が愛液をすすリ取る代償として、いまだかつてない甘美な快楽を享
受したことを。 

 惠はそのことについては一切触れることはなかった。


 退院後も『植物X』から受けた快楽を忘れることができず、夜のしじまの中でひと
り悶える惠の姿があった。




                  

   この作品は「愛と官能の美学
」Shyrock様から投稿していただきました