『悪夢の標的』
 
                    Shyrock:作
第17話

 阿久夢宅を訪問する日が明日に迫った頃、イヴの携帯にメロディーが流れた。
それは上野からだった。
上野から、明日白衣を持参するよう指示があった。
それは阿久夢からの要望だと言う。

 指示に従って遂行すれば、撮られた卑猥な画像はすべて返してくれると言う。
イヴの心は冬の空のようにどんよりと曇っていた。
できることならこの場から逃げ出したい。
思い切って警察に通報しようかとも考えた。
すべてを暴露すれば、警察はきっと協力してくれて彼らを一網打尽に捕らえるだろ
う。

 しかしその代償として恋人の俊介にすべてを知られてしまうだろう。
最悪別れることになるかも知れない。
イヴは考えに考えた末、阿久夢宅を訪問することに決心した。

 あいにく日曜日は朝から雨だった。
イヴは9時に出掛け1時間かけ立派な門構えの邸宅にたどり着いた。
チャイムを押すとまもなく戸口には家政婦と思われる中年の女性が現れた。
あらかじめイヴの来訪を聞かされていたようで、すぐに阿久夢のいる“離れ”へと
案内した。

 敷地は外からは想像もつかないほど広大で、母屋からかなり奥に“離れ”がこし
らえてあった。
途中かなりの歳月を経過した大木が立ち並び、手入れの行き届いた庭を経て、まも
なく“離れ”に到着した。

 入口には上野が待機していた。
イヴは上野に形ばかりの会釈はしたものの、視線を合わせることはわざと避けた。
家政婦はイヴにお辞儀をして母屋へと戻っていった。

 上野部長はイヴの姿を見つけると、いやらしい笑みを浮かべてイヴに何やら紙袋
を渡した。
イヴは訝しげに思い上野に尋ねた。
「これは何ですか?」
上野は突然声のトーンを下げて、ささやき口調でイヴに語りかけた。

 「ふふふ、この前の写真だよ。ちゃんと来てくれたからご褒美として写真を返し
てあげるよ。ただし画像データは保存しているがね。それから会長からのお小遣い
で中には50万円入ってる。会長はこの前の見舞金と今日の交通費だと言っておら
れたよ。ははは~、まあ、もらっておいても損は無いだろう。受け取っておきなさ
い」

 見る見るうちにイヴの表情が険しくなった。
イヴは無言で上野を睨みつけながら、写真だけを抜き取るとすぐさまバッグにしま
いこんだ。

 その後、現金の入った封筒はそのまま上野に突き返した。
「馬鹿にしないでください。こんなもの受け取れません」
「そ、そんな・・・せっかく会長が用意してくださったんだから、気持ちよく貰っ
ておけばいいじゃないか」

 「いいえ、結構です」
「そこまで言うのなら仕方がないけど・・・。じゃあ会長に返しておくよ」
「それよりも、私に変なことをするのはもうやめてください。お願いします」
「いやあ、早乙女君には申し訳ないと思っているんだよ。大きな声では言えないけ
ど、あんなヒヒ爺さんの相手をさせるなんて、私としてはすごく腹立たしいんだよ。
正直むかついているんだよ」

 上野は阿久夢のことを日頃から憎々しく思っているらしく、吐き捨てるようにイ
ヴにつぶやいた。
「部長が心からそう思っておられるなら、そのように取り計らってください。お願
いします」
「う、うん・・・分かったよ」

 イヴは土間で靴を脱ぎ自ら揃え、上野に誘導されるがままにフローリングの廊下
をゆっくりと進んだ。