『悪夢の標的』
 
                    Shyrock:作
第5話

 「うん、新しい医療機器が入ったもので、その扱い方を説明しようと思ってね」
「新しい医療機器が入ったのですか?他の看護師さんたちは呼ばなくてもいいので
すか?」

 「いや、実は、予定していた日よりも機器が早く入ってね、急きょ取扱い説明を
することになったんだ。で、皆にはすでに終わったんだけど、その日非番だった君
にはまだしていなかったもので。急にすまないね。今日約束とか大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です・・・」

 と返事はしたもののそれは偽りであった。実はその夜イヴは午後7時に彼氏と会
う約束をしていた。
しかし医療機器の取扱い説明であれば短時間で終わるだろうと考え、彼氏に電話を
することはしなかった。

 エレベーターを地下で下りて、上野の後に従い別館への渡り廊下を歩いた。
イヴはこの病院に勤務して3年になるが、地下の通路を通って別館へ行くのは初め
てであった。

 少し不安になってきたイヴは上野に尋ねた。
「部長、まだ遠いのですか?」
「ああ、早乙女君は初めてかも知れないね。一番奥の部屋なんだよ。医療機器や研
究材料の保管に使われているぐらいで、通常看護師が行くことは比較的少ない部屋
だね」
「へぇ、そうなんですか」

 ようやく廊下の突き当りまで到着して、上野は右側の扉の前に立ち止まった。 
鍵穴に鍵を差し込む。
(ギギギ~ッ・・・)
ドアが開いた。

 上野が先に入って、電気のスイッチを点けた。
イヴも上野の後に続いた。
室内はまるで倉庫のような感じで、数多くの段ボール箱が積み上げられていた。

 薬品は薬剤師が独自で厳重に管理しているため、ここにあるのはそれ以外の医療
機器や材料ばかりなのであろう。
物珍しさもありイヴが室内を見廻していると、突然、イヴの背後から黒い影が襲っ
て来た。

 「きゃぁ~~~~~!!」
「騒ぐな!」
何者かがイヴの口をハンカチで押さえつけてきた。

 「うぐぐぐ、うぐっぐっぐ~!」
息苦しさから必死にもがくイヴ。
大声を出そうとしても口を押さえられていて叶わない。

 まもなくハンカチに染み込ませていたエーテル(吸入麻酔薬の一種)の効果が現
れ、イヴの意識は遠ざかって行った。
イヴは崩れるように床に倒れ込んでしまった。


 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。
イヴが目を覚ます直前に耳に飛び込んできたのは、男の笑い声であった。
頭が痛い。
それに両腕が何かで締め付けられているのかとても窮屈だ。
イヴはゆっくりと目を覚ましていった。

 目覚めた直後、今自分が置かれている状況がよく飲み込めなかったが、両手が縛
られ天井から吊り下げられていることに唖然とするばかりであった。
しかしまだ視界がぼやけて辺りがよく見えない。
ぼんやりと見える視野の中にふたりの男がいることが分かった。

 こちらを見て何やら囁いているようである。
彼らが何をしようとしているのか、自分がなぜ縛られているのか、まだ頭が混乱し
てよく分からなかった。
ただ今置かれている状況が決して良いとは言えないことだけは直感的に感じられた。

 (これは悪い夢を見てるんだわ・・・)
イヴはそう信じたかった。
だが少し前に何者かにハンカチで口を押さえられ意識が遠退いて行ったことを思い
出した。

 (いや、夢なんかじゃないわ。私、あの後どうなったのかしら?)
今こうして拘束されているのは夢ではなく現実なんだ、と考えているうちに背筋が
寒くなるような恐怖感がイヴを襲った。


 何者かがポツリとつぶやいた。
それは聞き覚えのある男性の声であった。
しかもつい先程聞いた記憶が・・・

 (・・・!?)
「早乙女君、よく眠っていたね。やっとお目覚めだね。君が起きるのを首を長くし
て待っていたよ。ははは~」