『悪夢の標的』
 
                    Shyrock:作
第4話

 「まったくあの早乙女看護師はなっとらん。浣腸とはどういうものか、もう一度、
しっかりと基本から教えてやってくれ。その方が本人のためにもなるのだから」
「はい、今後よく教育したいと思います」

 「そんな生ぬるい事でどうするんだ」
「はぁ?」
「今後などと悠長なことを言ってていいのかね?事故はいつ起きるか分からない。
事故が起きてからでは手遅れなんだよ。病院の信用が掛かっているんだよ。直ぐに
対処しなさい」
「はい、そのようにします」

 「上野部長、口頭で教えるだけではだめだよ。どのように浣腸するのが患者にと
ってベストなのかを己の身を持って体験させてあげなさい」
「ええっ!?もしかして、人形を使って説明するのではなくて、早乙女君自身に浣
腸するのですか?」

 「当然じゃよ。看護師が看護実習を受けることなど別に珍しいことでもないだろ
う?」
「確かに看護実習そのものは別に珍しくはありませんが、ふつう看護学生であって
も浣腸の看護実習はやりません。看護学生のうちはマネキン人形を使って手順を教
えるだけなんですよ」

 「一般的にはそうかも知れないが、彼女は看護学生ではなく現役の看護師だよ。
毎日のように患者に接している訳で直ぐに実践しなければならない。つまり悠長な
ことは言ってられないんだよ。それに机上の学問よりも実践が最も手っ取り早い学
習方法なんじゃよ、分かったかね」

 「はい、私の考えが浅はかでした。早速指導をしたいとは思いますが、看護師相
手に浣腸の実践となると、時間や場所がなかなか難しいので・・・」
「ばかもん!何も破廉恥なことをする訳ではないんだよ!あくまで医療行為を伝授
するだけではないか。何をそんなに神経を使ってるんだね」

 「確かにそのとおりではありますが・・・」
「君は案外気が小さいね。いいか、上野部長。早乙女看護師をうまく説得して他の
医師や看護師が来ない部屋に誘導するのだ。私もそこへ行くから」
「え?会長も立会われるのですか?」

 阿久夢は上野の耳元でひそひそと囁いた。
「え?会長は早乙女看護師のことをそこまで・・・?へえ、そうだったんですか」
「名目が看護師の育成のためとは言っても、君には些か厄介なことを頼んでしまっ
たね。君にはあとからちゃんと礼をさせてもらうつもりだ」
「いえいえ、そんなお気遣いは」

 阿久夢の申し出に上野は内心ほくそ笑んだが、形ばかりに謙虚さをつくろった。
「そればかりではないよ。もし早乙女看護師を私のものにできたら、君を副院長に
推薦してやっても構わんよ」
「えっ!副院長ですか!?」

 上野は驚きを隠しきれなかった。
謝礼はともかく副院長の座が転がり込んでくるとは願ってもないことだ。
いや、それだけではない。あの早乙女看護師に自らの手で浣腸ができるのだ。
日頃から変態染みた性癖を持つ上野であったから、そんな場面を想像するだけで激
しく興奮した。
 
 (うわぁ~、あの早乙女イヴに浣腸ができるとは何とラッキーなことだろう。いや、ちょっと待てよ、もしかして浣腸よりもっと凄いことも・・・)

 上野はさらに想像を膨らませ、思わず頬が緩んでしまった。
「会長。喜んで協力させていただきます」
「そうか。よしよし」
「ただ・・・」
「ん?」

 「ただ、私も医師としての生命が掛かっていますので、その辺はご留意ください」
「そんなことは言わなくても分かっているよ。いざとなれば私が何とかするから安
心しなさい」
「会長がそこまで言ってくださるなら全く心配はありません。ははははは」
「じゃあ、頼むよ」
「はい、早速に」

 それから2日後のことだった。
上野はイヴを呼びつけた。
しかし阿久夢会長からの指摘については一切触れなかった。

 「早乙女君、今日の勤務は17時までだったね。時間外になって悪いんだけどそ
のあと20~30分ほど時間をくれないかね?ちょっと説明をしたいことがあるの
で」

 「はい、分かりました。あ、でも、説明ってどんなことなんでしょうか?」
「うん、それはあとで言うよ。今から検査が控えているので。それじゃ、頼むね」
「はい、部長。承知しました」

 イヴは首を捻った。上野はいったい何の説明をすると言うのだろうか。
 新しい治療方法とか医療制度のことだろうか。でも、それなら看護師を全員集め
てするはずだし・・・

 そんなことを考えていると、看護師長から点滴の準備を頼まれイヴはすぐに気持
ちを切り替えその準備に取り掛かった。

 午後5時になった。
 上野はイヴに言った。
「早乙女君、じゃあ、僕に着いてきてくれ」
「はい」

 廊下に出たイヴは先を行く上野の後を着いていった。
エレベーターに乗ると、上野は「B」と表示した赤いボタンを押した。
「え?地下・・ですか?」