『球 脱獄(推敲版)』
 
                    Shyrock:作

第9話 理不尽な食卓

 まもなくぐったりと横たわる球から原口が離れた。
だらしなく萎えた物体が、一戦終えたことを彷彿させるように生々しく光っていた。

 「ティッシュはどこにある?」
球は返事をしなかった。
いや、正確にいうと返事ができなかった。
自失呆然としている球に、原口の言葉など耳に届くはずもなかった。

 原口はきょろきょろと辺りを見回している。
まもなくぬいぐるみのティッシュケースを見つけると、引き千切るように数枚取り
出した。

 そして自身にのモノを拭ったあと、さらに数枚取り出すと球の秘所にティッシュ
をあてがった。
球は脚を閉じ拒もうとしたが、原口はそれを許さない。
「へっへっへ、俺が拭いてやるよ。こう見えても俺は女にゃやさしい方でね」

 原口は薄笑いを浮かべながら、球の秘所を丁寧に拭いてやった。
「おい、腹が減ったぞ。さっき作りかけてたものを温めろよ」
「じゃあ、縄を解いてよ」
「そうだったな。縛ったままだと料理は作れねえよな。解いてやるけど妙な考えは
起こすなよ。いいな」
「分かったわ」

 球は縄を解かれ、キッチンに戻った。
背後には原口が金魚の糞のようにぴったりとつきまとっている。
料理がしにくいから離れるよう頼み、原口はすごすごとテーブル席に腰をかける。

 「途中だったからもう少し時間がかかるよ」
「もう包丁は使わねえんだろう? タマネギは切れてたし」
「うん」

 球はフライパンに少量の油を注ぎ熱し始めた。
警戒心の強い原口は至近距離に包丁を置き、注意を怠らない。
球が逃げ出したりしないか不安で仕方がないのだ。

 原口の椅子が徐々に球の背後ににじり寄る。
球に手が届く位置まで近づき、ときおり尻を触ったりとちょっかいを出す。
堪りかねた球が料理中は危ないから触れないでくれと釘を刺す。

 「ねえ、もう少し離れてくれない? 料理しにくいから」
「ん? じゃまか? けどよ、妙な気は起こすなよ。いいな」
原口が念を押す。
「分かってるよ」

 ジュウジュウと油が弾ける音がする。
フライパンが熱くなった証拠だ。
しゃもじで冷や飯を入れかき回す。
そしてすでに切り終えた材料を入れ調味料と油を加え炒め出した。

 「さっきは気持ち良かったか?」
「……」
「おい、どうなんだ?」
「え? 炒める音で聞こえないよ」

 球は調理の手を止めて、振り返った。
原口はもう一度たずねると、球は即座に答えた。
「いいはずないじゃない」
 球は目を吊り上げて言い放つと、ふたたび炒飯を中火弱で炒める。

 「ふうん、そうか。良くなかったか。じゃあ、いい気持ちになるまでかわいがっ
てやるとするか。へへへ」
「……」

 球は原口の言葉を無視し、黙々と調理に専念した。
まもなく炒飯ができあがり二枚の皿に盛られた。
先にできあがっていた中華スープも二つの椀に入れられ、冷えた麦茶がガラスコッ
プに注がれた。

 「できたわ」
球は原口に告げると、テーブルに食事を運んだ。
ふたりは食卓に向かい合う。
「うまそうじゃねえか。じゃあ、いただくぜ」

 球は沈黙した。
原口は飢えた獣のようにガツガツと食べ始めた。
球は原口の掻きこむように食べる様子を見ていて、あらかじめ彼の皿の盛りを多め
にしておいたことが正解だったと思った。

 球はスープを少しだけ口にしたが、炒飯はほとんど口にしなかった。
それは当然のことだろう。
突然、脱獄犯が住居に侵入して来て、その男に散々犯されたあげく、さらにいっし
ょに食事をとらなければならない状況になってしまって、食が進むなどあろうはず
がなかった。

 「おめえ、食わねえのか?」
「うん……欲しくない……」
返事が重い。

 「ふん、俺がそばにいると食えねえってぇのか? そうか。まあ、仕方ねえや。
じゃあ、おめえの飯、俺が食ってやるからよこしな」
さすがは巨体に相応しくよく食べる。
瞬く間に、球が残した炒飯を平らげてしまった。

 そしてコップの麦茶をごくごくと流し込む。
「ふ~、食った食った~。うまかったぜ~」
「……」
「なんだよ、その不貞腐れた顔は」
「……」
「そのつらそうなツラを見てたら、またムラムラして来やがったぜ。さあ、こっち
へ来な」
「……」

 球は立とうとしない。
「来いと言ってるのだ」
語気を荒げる原口。
その言葉の裏には「来なければただでは済まさない」という韻が含まれているよう
に思われた。

 球は心ならずも従った。
「膝に座れ」
「……」
「聞こえないのか? 座れと言ってるのだ」
「……」

 球は涙をのんで原口の指示に従った。
いや、従うよりほかなかった。
球は泣く泣く原口の膝に、後ろ向きで座った。
がっちりとした太股が尻に触れ、球に虫唾が走る。

 原口は間髪入れず、スカートの中に手を差し込んできた。
ショーツはすでに剥ぎ取られているため、じかに秘所に触れる。
「いや……」
野卑な指が亀裂をなぞった。

 さきほどの不条理な交尾のぬめりがまだ残っている。
原口はにやりと笑うと、ふたたび蹂躙を始動させた。
「もう許して……」