「濡れた下着」

                           沼 隆:作

第3回

(11)

「洗ってあげる…」志帆はタツヒロのからだを石鹸で洗い始める。

浴室の床で交わった、けだるさが、動作を緩慢にする。

小さなタオルにたくさん泡立てて、向かい合ったタツヒロの胸から腹部へ、そして、下腹部へ志帆

の手が擦っていく。

「きもち、いい?」

「うん…」

「後ろ向きになって」志帆は、タツヒロの肩から背中、そして腰を洗う。

「おおきくなったよ」

「ほんと…?」

「さわってみて」タツヒロの背後から下腹部に手を伸ばす。

つい今しがた射精したばかりの肉棒がむくむくと鎌首をもたげていた。

「ほんとだ…」石鹸の泡だらけの手でこすると、肉棒がぬるぬると手の中を這い回る。

「うう…」タツヒロがうめく。

志帆は、胸をタツヒロの背中にギュウッと押し付ける。

タツヒロを、自分の胸で感じる。優しいひと・・・頬で、胸で、タツヒロを感じながら、肉棒をしご

いた。

それが、ヒクヒクと痙攣する。

「いい?」

「う、うん」志帆は、熱く火照った頬をタツヒロの背中に押し付けた。

右手は、タツヒロの肉棒をしごきつづける。

石鹸の泡で、ちゅぷ、ちゅぷと、猥褻な音を立てている。

左手を淫裂に伸ばす。

そこは、蜜が溢れ出していて、恥ずかしいほど濡れていた。

指先を侵入させると、全身に快感が走り、クッ、というため息を漏らしてしまう。

「ううう…おれ、イキそうだよ…」

「ん…」志帆の指の動きが一段と早くなり、タツヒロを絶頂に導こうとしていた。

志帆は、もう片方の指先で、睾丸をそっと持ち上げるようにした。

それから、指先で転がす。いとおしむように。タツヒロの背中に乳房を押し付けながら。

肉棒はビクンビクンと脈打ち、そして先端から白い樹液を飛ばしたのである。

浴室に精液の臭いが広がる。

リビングで電話の呼び出し音がしている。

…義弘さんかなあ…夕食の後片付けが終わって、タツヒロが自室に引き上げたあと、再び電話が鳴

った。

義弘からだった。

出張の途中で一度帰宅するという。

東京駅についたところだ、と聞いて、志帆はほっとする。

まだ1時間ほど時間がある。

ヒロくんとのこと、義弘さんに知られたら…タツヒロが示す志帆への優しさが嬉しくて、毎日から

だの関係を持っている。

でも、こんなこと、許されない…

「そんなこと、あとでやれよ」義弘の夕食の後片付けをはじめると、義弘が背後から抱きしめて

きた。

腰に義弘の勃起が押し付けられる。

「志帆、したいんだ」

「だめよ…まだ、こんな時間だよ」

「かまうもんか…おまえとしたくて、帰ってきたんだぞ」

「そんなこと言ったって…タツヒロくんに聞かれてしまうよ」

「あいつ、高3だぜ…夫婦のことくらい、わかってるさ」義弘は左手で乳房を揉みしだきながら、

ミニスカートの中に右手を侵入させる。

「俺たちは、夫婦なんだ… タツヒロだって、夫婦がすることくらい知らん振りしてくれるさ… 

おれだって、親父とおふくろがするの、気がつかない振りしてたさ」

指先が、パンティの中に侵入する。

「志帆、石鹸のいいにおいがしてる…いい匂いだ…」耳元でささやきながら、義弘は志帆のパンテ

ィを脱がそうとした。

生理用ナプキンが指先に触れる。

タツヒロは、チッ、と舌打ちをする。

「こんなときに…」出張先の仕事が早く片付いて半日以上時間が空いた。

義弘は志帆のからだを求めて戻ってきたのだった。

なんで生理なんかに…理不尽なことは義弘にはわかっている。

しかし、湧き上がる怒りはどうしようもないのだった。

両手の指先に凶暴な力が沸いて、志帆の乳房と恥丘とを鷲づかみにする。

「いたいっ!」志帆は、タツヒロに聞こえないように声を押し殺す。

志帆が生理中ということで一度はあきらめた。

が、義弘は欲望を抑えることができなかった。

結婚以来、満足のいく性交を一度もしていない。

それは、義弘にとって、怒りになっていた。

ビールを飲みながら野球中継を眺めていても、腹立ちは治まらなかった。

10時台のニュースショーを見なる。

バラエティ番組出身の司会者が、軽薄なコメントを垂れ流している。

そいつに向かって、毒ついた。

闇の中で、志帆はいきり立った肉棒を口元に突きつけられた。

寝間着を剥ぎ取られ、パンティを毟り取られて、肉棒を押し込まれた。

凶暴で、志帆に対する思いやりのかけらもない獣欲の塊に、志帆は犯された。

タツヒロとセックスをするときにはあれほど熱く自由に反応する体が冷め切ったままであった。

闇の中で目を開いたまま、じっと耐えていた。

義弘は、志帆の中に精液を放ったあと、急速にしぼんでいく性器を紙で拭いながら、心の隅に引っか

かるものを感じていた。

つい数日前だって、志帆はおれの腰の動きに合わせた…今夜は、なぜだ…じっとして、まるで、人

形としているみたいじゃないか…後始末に起き上がった志帆の裸身は、義弘に冷ややかなものを

感じさせた。

まるで、仕方なく体を開いて、我慢しながら付き合った、という気分がありありと伝わってきた。

そして、あることに気がついた。

それは、行為の最中に、いきり立った肉棒自体が感じていたことだった。

出張から帰って、セックスをすると、性器が幾分狭まっているように感じられたものだった。

それが、今夜は、違っていた。

狭まった感じがなかった。

たっぷりと潤って、するりと受け入れた。

…なぜ…?…どうして…?ペニスを拭った紙に、赤いものが付着しなかった。

…ほんとに、生理なんだろうか…?…!…志帆のやつ…!

(12)

志帆は、義弘に背中を向けて、夫婦の営みの後始末をしている。

流れ出してきた精液をティッシュに受けると、丸めて屑カゴに入れた。

振り向いたひょうしに、義弘と目が合った。

義弘はよほど恐ろしい表情をしているのだろう、志帆にぎくりとした恐れがよぎる。

「そのままでいい」寝間着に腕を通そうとした志帆に、義弘は強い口調で言った。

「でも…」

「そのまま、こっちに来い」志帆は、全裸のまま、ベッドに入る。

義弘は、志帆の股間に顔を埋める。

(もう…いや…)志帆は義弘に2度目の交わりを求められて、拒みたい気がしていた。

しかし、うしろめたさもあった。

夕方、浴室でタツヒロと交わって得た快感が思い出される。

ヒロくんとしたことは、義弘に対する背徳行為であった。

義弘が求めるまま、両足を開く。

義弘は、志帆の裂け目をまじまじと見詰める。

先ほど、自分の高ぶりを挿しいれて、かき回した場所である。

陰毛で縁取られた裂け目の中央に、ピンク色の肉の入り口がわずかに口を開いている。

左右の陰唇に添えた指で、そこを大きく広げる。

「あ…いやっ…」義弘はこの場所をしげしげと眺めるのは、はじめてであった。

濡れた粘膜が、ほのかに朱に染まっている。

精液の匂いがする。

(おれのザーメン…ほんとに、おれのだけか…?)先ほどの性交中に志帆が見せた冷たい反応に、

義弘の胸の中には不審の炎が揺らめき始めていた。

新婚初夜以来、志帆はセックスには淡白であった。

自分がはじめての男ではなさそうだったが、それはどうでもよかった。

しかし、回数を重ねていくうちに、義弘と打ち解け、からだがなじんでいって、ふたりでおこな

ういとなみが楽しいものになることを期待していたのだった。

ほとんど何の変化も示さなかった。

東京の学校に進学して、初めて女を知った。

それ以来交わった女たちと比べてみても、志帆は、最低であった。

どんな無神経な女でも、セックスのあいだは夢中になって楽しめたのに。

恥ずかしがるそぶりを見せながら、裸になれば、積極的に義弘のペニスをほしがる女たちだった。

中には無神経な馬鹿女もいたが、そんなつまらない女とは2度としなければすんだのだ。

志帆は、妻である。

取り返しのつかない失敗をしたのだろうか…義弘は、予想もしていなかった貧しい性生活にいら

だち、志帆に対する怒りが燃え上がる。

そして、今夜、今までにない冷たい反応を見せた。

志帆に男がいるのではないか、という恐ろしい疑念が、義弘に浮かんだのである。

志帆の性器から精液の匂いが立ち上る。

これに、ほかの男のものが混じっている、という恐ろしい想像をしてみても、実際には見分けよ

うもなく、義弘はただ苛立つばかりであった。

「おまえ…おとこが…いるだろ…?」言わずにおれなくて口にして、後悔したが、もう言葉にな

って志帆に浴びせ掛けられていた。

志帆は、大きく見開いた目で義弘を見つめ、首を左右に激しく振った。

「ほんとかっ?」志帆はいっそう激しくいやいやをするように否定した。

あどけない志帆の顔に恐怖が浮かび、まるで哀願するように首を左右に振るさまが義弘の獣性を

刺激した。

ペニスが勃起していた。

(こいつ…)義弘の疑念は少しも晴れなかった。

志帆のからだにのしかかり、いきり立ったさおを志帆のからだに挿し込む。

憤怒の表情で、ハアハアと荒い息をしながら、義弘は激しく志帆を突く。

じっと耐えるように顔をそむけ目を閉じている志帆に怒りが増し、両手を志帆の首に回していた。

指先に力が入る。

「んぐっ…!」志帆は目を開き、義弘のすさまじい形相に恐怖を覚えた。

やめて、という言葉が声にならなかった。

首をしめられながら、しかし志帆の下半身は義弘の動きに合わせて律動し始めていた。

(うう…くるしい…)志帆は、顔が火照るのを感じていた。

じっさい、真っ赤になっていた。焦点を失った目を大きく見開き、はっ、はっ、はっ、と小刻み

に息をしながら、腰を振りたてる志帆に、義弘は一瞬と惑ったが、志帆の肉壷が自分のさおをぐ

いぐい締め付けてくる快感に、指先にいっそう力がこもるのだった。

志帆のそこは、まるで別の生き物のようであった。

義弘のさおにまといつき、まるで軟体動物のようにうねうねと絡みついた。

乳房がぶるぶると震えている。

志帆は、明らかに愉悦に浸っている。

義弘は、欲望を掻き立てられ、志帆の痴態に突き動かされて、腰をいっそう激しく動かすのだっ

た。

精液を放って義弘は志帆のからだから離れる。

頬を赤く染め、朱に染まったからだであらいいきをしながら、志帆はぐったりと横になったまま、

行為の後始末をしようともしないでいる。

熱い息を吐くたびに、乳房が上下する。志帆は性器から義弘の体液がこぼれだすのを感じていた

が、起き上がる気がしなかった。

どろりとした精液が、肛門のほうへ流れ落ちていく。

義弘は、志帆が見せた思いもかけない姿に、驚いていた。

首を絞めることで、志帆は激しく反応した。絶頂に達しようとするとき、志帆は、指先でしっか

りシーツをつかみ、全身をわなわなと痙攣させていた。

歯を力いっぱい食いしばり、必死で喘ぎ声をこらえているようにも思われた。

萎んださおをティッシュで拭いながら、義弘は、困惑していた。

(13)

生理が始まった。

新幹線の始発に乗るといって5時前に出かける義弘を玄関先に見送ったあと、普段具姿のまま、

ベッドでうとうとした。

昨夜は結局3度交わった。

1度目は志帆がおざなりに応じたのだが、2度目、志帆のきもちと裏腹に、義弘に喉を締め付け

られる快感にからだが激しく反応して、義弘を興奮させ、3度目には、手錠をかけられ、ネクタ

イで首を絞められながら、肉の喜びに溺れてしまったのである。

その疲れが、志帆を熟睡させた。

気がつくと、時計は9時を回っており、タツヒロは予備校に出かけた後であった。

のろのろと起き上がろうとして、生理が始まったことに気がついた。

タツヒロは自分で朝食を済ませ、後片付けもして出かけていた。

眠り込んでいる志帆を起こそうとしなかったタツヒロに、志帆はタツヒロの優しさを感じた。

引き出しから下着を取り出そうとして、その下に隠してあるおぞましい写真の入った封筒が目に

止まる。

志帆がオナニーをしている場面、タツヒロと交わっているところを鮮明に捕らえた写真。

振り返ると、窓の向こうに、この写真を撮影した人物が住むマンションが見えた。

あのいくつも並んだ窓のどこかにそいつがいて、今もじっと志帆を見つめている。

どうしたら解決できるか、志帆の頭には何も浮かばなかった。

相談できる相手もいなかった。

下腹部が重苦しい…生理なんだよう…今朝も、オナニーをしろっていうの…?生理のわずらわし

さに、うっとうしさがのしかかる。

シャワーを浴びると、気持ちがちょっぴり落ち着いた。

電話が鳴った。

「沢木か」電話の声の主が誰か、志帆はすぐにわかった。

あぶらぎって、ねっとり絡み付いてくる中年男の声。

「沢木…ははは…榊原、だったな…」郷田軍治。

卒業までの2年近くを過ごした高校の数学担任。

梶原沙智の屋敷で、志帆を犯した男。

あの日のことが、そう、ちょうど2年前の今ごろ…沙智の誕生パーティを口実に開かれた、志帆

を陵辱する宴のことが、まざまざと蘇る。

「元気そうだな…出張で上京してきたんだ…どうだあ、一緒に、昼飯でも食わんか…?」

「沢木ぃ…おれのチンポ、うまいだろ…ん? そうそう、歯を立てるんじゃないぞ…うう…舌を

使え…そ、そうだ…いいぞ…・ううっ…」

口中に放たれた精液のにおいに思わず嘔吐した志帆を郷田は激しく平手打ちをしたのだった。

「きさまぁ…おれの、ザーメンが…まずくて、飲めんとでもいうのかぁ!」

「何か、うまいものでも、一緒に食いたいなあ…」

「あの…いま、弟が来ているんです」

「おとうとぉ? おまえに、そんなもん、おったかあ?」

「いえ、主人の、弟…」

「へぇっ、だんなの弟か…そんなもん、ほっとけ!」

「でも…」

「そうか…沢木…わかった…ま、いい…考え直す時間をやる」郷田がたたきつけるように受話器

を置く音が伝わってきた。

都心の小さなビジネスホテルの狭苦しいたばこ臭いロビーで郷田が待っていた。

「えらく、待たせるじゃねえか…」

「すみません…」鶯谷教育大学時代、ラグビーをやっていたという郷田は、高校でもラグビー部

の指導をしていて、精悍な体つきをしているのだが、その全身からぎらぎらと脂ぎった性欲を発

散させている。

ロビーに入ってきた志帆を見とめると、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら立ち上がり、その

まま客室に志帆を連れ込んだ。

「メンスか…かまわんぞ…メンスだからって、できんわけじゃないからな…」郷田は容赦しなか

った。

さすがに、淫裂に口をつけることはしなかったが、志帆の唇を吸い、乳房を嘗め回し、クリトリ

スをいじりまわして挿入し、志帆の中に果てた。

とりあえずは欲望を充たしたあと、郷田は志帆に話し掛けた。

「どうだ、新婚生活は? ん? 童顔のおまえに、こんなすけべなからだがついてるんだから、

だんな、毎晩、いい思いしてるんだろうな…ヒヒヒ… ん? おい、もう1度やりたいんだ、触

って、大きくしてくれよ…そう、そう、いいぞ… 沢木、おまえ、ほんとに男をめろめろにさせ

るからだをしてるぞ…ふふ、これからも、よろしく頼むよ…な、沢木…ん?」

「先生、これで、おしまいにしてください…」郷田は、志帆の懇願を鼻先でせせら笑った。

「おいおい、本心じゃないだろ? おまえが、おれのチンポ、嫌がるはずはないからな…ん? 

こいつがほしくて、先生、くださいって、何度も言っただろ…ん? おまえのおしゃぶり、上手

なのは、誰のおかげだ…ん?」志帆は屈辱感にさいなまれる。

「おまえは、ほんとにすけべな女なんだ…ん? わかってるんだろ…あん? いやいやしながら、

おマンコ、ずぶ濡れにさせている、沢木、おまえ、そんな女なんだ…あん? おい、手を休める

な! ふふ、ふふ、元気がいいだろ? おれのむすこ、かわいいやつだ…ふふ 沢木の、ドすけ

べおマンコに入りたいって、ひくひく…うふ、うふ…ほら、みろ、おまえの、ここだって…ちゃ

んと、濡れ濡れじゃないか」

2度目の射精を終えて、起き上がり、シャワーを浴びて戻ってきた郷田は、帰り支度の出来上が

った志帆に、まあ、すわれ、と粗末な椅子をすすめた。

黒いビニールかばんからビデオテープを取り出して志帆に渡す。

「梶原沙智のやつ、おれにそいつを託けやがった…沢木、おまえに渡してくれだと…」郷田の表

情に卑屈は笑みが浮かぶ。

「梶原のやつ、生徒の分際で、おれを脅しやがった…あいつが、高校時代、これっぽっちも勉強

しなかったのに、慶鳳大学に推薦ではいれたのは、おれのおかげ…おれを脅しやがったんだ」

「ねえ、郷田…」

「な、なにが郷田だ…おれは、おまえの担任だぞ…」

「あはは、あんた、先生って、呼んでほしいんだ…あはははは」郷田はぎりぎりと歯軋りをした。

ほかの生徒なら殴りつけていただろう。

「あたし、慶鳳に行きたいんだ」

「け、慶鳳だって! ば、ばかいうな」

「ふざけてんじゃないよ、郷田、本気なんだ」

「おまえの成績…」

「だから、おまえに頼んでるんだよ・‥」

「な、な、なんだと…」セーラー服姿の、といっても不釣合いなほど色気を発散している沙智に

おまえ呼ばわりされて屈辱のあまり顔面を紅潮させている。

その郷田に、何なら、このビデオ、教育委員会に持ち込んでもいいんだよ、といいながら、沙智

が差し出したのは、郷田が、必死で拒みつづける志帆を無理やり犯す場面を収めたものであった。

郷田の根回しもあったが、沙智の父親とその一族が、まちの財界、政界を牛耳っている力もあっ

て、沙智は慶鳳大学に推薦で入学することができたのである。

そしていま、都内の最高級マンションで暮らしているという。

「梶原が、誕生パーティを開くそうだ」

志帆は、2年前、梶原の屋敷で開かれた沙智の誕生パーティを思い出して、身震いがした。

「沢木、また、来る」郷田の声を背後に聞きながら、志帆はホテルの廊下に出た。

*****

別れのキスを求めてきた麻丘奈々に、タツヒロはばつが悪そうに、軽い口づけで答えた。

「榊原くん…」

「あ、あの、おれ…」

「榊原くん‥どうしたの…?」(きのう、あたしの、あそこ、触ったんだよ…!)

「わ、わるい…麻丘…き、きのうは、つい…」

「やだ! 榊原くん、きのうは、遊びだったなんて、言わないでよね…!」

「ご、ごめん…おれ、きのうは、どうかしてた…」

「やだ! ききたくないっ!」

「あ、あやまるよ…」

(好きな子がいるんだ…!)奈々は、憤った。

「日曜日、慶鳳、見学に行くんだからね…渋谷駅で待ってるから・‥」

奈々は、強引にタツヒロに口づけをすると、駆け出していった。タツヒロは、呆然と見送ってい

た。

(14)

小鳥のさえずりが聞こえる。

起きなくちゃ…生理は2日目が重くてつらい…ヒロくんの朝ごはん、作ってあげなくちゃ……こ

れから、どうなるんだろう…志帆はベッドに横になっている。

義弘は、出張に出かけたままだ。

秘密を抱えたまま義弘と結婚して、その結果、義弘を愛することができなくなっていた。

義弘も苦しんでいる。

みんな、自分のせいだ。

…ヒロくんと寝てしまった。

そして、そのタツヒロが自分を愛している。

写真のこと、どうしよう…ヒロくんに相談しようか…郷田のことだって…どうかなってしまいそ

う…盗撮者からの連絡が途絶えていた。

きのうは郷田の呼び出しで、カメラに向かってポーズをとることを忘れてしまっていた。

そして、盗撮者がそのことに腹を立てた様子はなさそうだった。

結局、この日も空き地の向こうにあるマンションに向かって裸身を曝すことはしなかった。

朝食の後片付けや、掃除、洗濯をこなしていった。

電話が鳴る。

「志帆?」梶原沙智からだった。

「ビデオ、見てくれた?」

「まだ、見てないよ」

「ふうん・…そうなんだ…じゃあ、早く見るんだね」

「いやだ」

「なにいってんの…ばあか…ふふん…見たくないなら、見なくていいよ」

「……」

「今度の日曜日、あたしんちでパーティやるから、来るんだよ」

「行けない」

「弟が来てるんだって? なんなら、いっしょに連れといでよ」

「行かない」

「ビデオ、今すぐ、見るんだね…きっと、返事が変わるよ…ふふ」

「……」

「地図送るから…FAX教えて」

「ないよ」志帆はうそをついた。

「じゃあ、探しながら、来るんだ…いいね」沙智は、住所を言うと、電話を切った。

駅前から、バスに乗り込んだころから空模様がおかしくなった。

まもなく空が黒ずみ、バスを降りるころから雨が降りだした。

タツヒロは、マンションに向かって駆け出す。

エントランスに駆け込んだとたんに雨脚が強まり、バケツをひっくり返したような雨が降ってき

た。

志帆は外出していた。ベランダの洗濯物が、風にあおられていた。

タツヒロは、ベランダに出ると、洗濯物を室内に取り込んだ。

稲妻が光り、遠雷が聞こえる。

自分と兄のものを片付けて、志帆のものをどうしようか一瞬迷った。

テーブルに出しっぱなしにしておくわけにはいかない。

結局、志帆のものを兄のとまとめて、夫婦の寝室に持っていく。

ベッドの上におく。

きちんと片付けられている。

ベッドとベッドサイドテーブルの隙間に、隠すようにしておいてある布製のバッグが目に止まる。

タツヒロの好奇心が鎌首をもたげる。

家の中に誰もいないのに、後ろめたい気持ちが働いたのか、背後の扉を振り返る。

静まり返っている。窓の外のしのつく雨音と、ときおり閃光を放つ雷の音が聞こえるばかりだ。

スポーツメーカーのロゴが大きく入った布製のバッグは、志帆にも兄にも似つかわしくなかった。

バッグを開く。無造作に、放り込まれていたものは…グロテスクなディルドゥと、手錠と、猿轡

と、ろうそくと…

義弘が、このいまわしい道具を使って志帆を痛めつけている場面が、まざまざと浮かぶ。

シリコン製のグロテスクなディルドゥは、タツヒロの手首ほどの太さがあって、不気味に凹凸が

刻まれて節くれだち、偶然触れてしまったスイッチがはいってぐねりぐねりと蠢いた。

ジージーというモーターの回転音が、静まりかえった室内に大きく響き、タツヒロは、慌ててス

イッチを切った。

義弘に対する怒りが、湧いてくる。

バッグをもとの位置にもどしたとき、タツヒロの心には、また別の気持ちが生まれていた。

タツヒロには思いも寄らなかった好奇心…下劣な、赤面をしてしまうたぐいの好奇心が、とうと

う勝利を収めた。

ベッドサイドテーブルの引き出しを、開けていた。

封を切ったコンドームの箱が入っていた。

整理ダンスの引き出しを開ける。

志帆のカラフルな下着が、きちんと並べられている。

そして、パンティの下に隠すようにして、大き目の封筒があった。

タツヒロは、それを取り出していた。

封筒の中のものを取り出して、タツヒロは驚愕した。

志帆とセックスをしている自分の写真が、そこにあった。

自室の勉強机に向かって、座っていた。

何も手につかず、ただぼんやりと座っていた。

人の気配がした。

振り返ると、ずぶ濡れになって、水滴をぽたぽたとたらしている志帆が、戸口に立ってタツヒロ

をにらみつけていた。

あの封筒を手にしていた。

視線が合ったとき、志帆は部屋に入り込んできて、タツヒロの頬を平手打ちにした。

「なによ、これっ!」志帆が突き出した封筒を受け取る。

「だれよ…なんなの、その子?」てっきり、整理ダンスに隠してあった写真と思ったタツヒロは、

いぶかしがりながら、封筒を開く。

麻丘奈々と街角でキスをしている場面、その後には、教室の最後尾で、からだを寄せ合っている

写真があった。

「あ…」「ばかっ…ばかっ…ばかっ…!」志帆はこぶしでタツヒロをぶちながら、わっ、と泣き

出した。

「ひどい…ひどいっ…あんたも…」床にしゃがみこむと、両手で顔を覆って泣きじゃくる。

風呂場から持ってきたバスタオルで拭こうとすると、志帆はそれを奪い取って、髪を拭き、上半

身を拭う。

土砂降りの雨の中を、ずぶ濡れになりながら帰ってきたのだろう。

濡れたブラウスを通して下着と素肌が透けて見える。

のろのろと立ち上がる志帆を支えようとすると、ほっといて、と語気荒く言った。

「見たの?…見たんだね、ヒロくん…」志帆は、もうひとつの封筒を手に、戻ってきた。

「うん…見たよ…」ううっ…、と、嗚咽しながら、志帆は床に座り込んだ。

タツヒロは、志帆のそばに座った。生乾きの志帆の黒髪から、雨の匂いがする。

(15)

週末にかけて、大型の強い台風が関東地方に接近してくるという予報だった。

その影響なのだろう、降りだした雨は、ますます強まった。

いまは泣き止んで、タツヒロの部屋の床に座って呆然としている志帆を、タツヒロは抱き起こし

た。

志帆のからだは、衣服を着替えたけれども、冷え切っていた。

唇が紫色に変わっている。

「お風呂、入れるよ」

「…シャワーでいい…」もう大丈夫だから・・・、という志帆の後について浴室に行き、裸になるの

を見ていた。

打ちひしがれた志帆の姿が小さく見える。

最後の1枚を脱いで脱衣カゴに入れ、振り向きざま、タツヒロの胸にしがみついてきた。

「ヒロくん、助けて!」タツヒロは、志帆をしっかりと抱きしめた。

自分が何とかするしかないんだ…卑劣なやつを相手に、闘うしかない…タツヒロの腕に力がこも

る。

唇が重なる。おれが、守るから…自分の意思を志帆にしっかりと伝えたいと思っていた。

志帆の全身が冷え切っていた。

暖めてあげなくちゃ…

「冷たくなってるよ…温まらなくちゃ」

「うん…」タツヒロも裸になる。

一言も口をきかないまま、志帆に熱い湯をかけてやり、髪を洗う。

志帆を守る…あいつから…あいつ…?あいつって…?

写真を盗み撮りしているやつと…そして、義弘…

*****

梶原沙智のマンションは、港区**にある。

警備員が24時間常駐し、駐車場には高級外車ばかりが並ぶ都内有数の高級マンションである。

沙智が慶鳳大学に推薦で合格することが決まると、父親が溺愛する一人娘のために購入したもの

だ。

沙智は、まだ2学期も終わらないうちから上京し、ここでの暮らしをはじめていた。

高校を卒業するまでには、まだ3ヶ月あまりを残していたのだが、学校に行く気などさらさらな

く、淫蕩な遊びに夢中になったのである。

クリスマスパーティで知り合った慶鳳医学部の学生、御厨孝信とすぐに深い付き合いになり、孝

信が紹介する友人たちを次々に招いては、パーティを開いていた。

今夜も、孝信の遊び仲間の堀之内一平が、由香という女友達を連れて遊びにきていた。

やがて薄暗くしたひとつ部屋の中で、2組のカップルは交わった。

まるで競い合いでもするように、沙智と由香はあえぎ声を上げ、男の獣欲を煽り立てる。

男たちは、このあと、パートナーを交換してセックスを楽しむつもりでいる。

乱交は、沙智が望んだことだった。

女たちのあえぎ声が頂点に達するころ、孝信と一平が前後して射精した。

外では激しい雨が降っているのだが、室内にはほとんど何も聞こえない。

4人の荒い呼吸の音だけが、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、と聞こえるばかりである。

流れ出したものを起き上がって始末する由香のシルエットを見ながら、孝信は沙智の乳房を揉ん

でいる。

「うまくやってね」沙智が、孝信の耳元にささやく。

「ああ…」

「ねえ、一平クン、日曜日、ここでパーティ開くんだけど、あたしの誕生パーティなんだ、来て

くれるよね…面白い子、呼んでるんだ…」

「どんな子?」

「うふふ・・・」

「ねえ、どんな子なの?」

「エッチが大好きな子?」

「ふふ…そう…エッチが、大好きな子…」

「いやだ、一平くん、その子どうにかするつもり?」

「なに言ってるんだよ…由香」

「一平は、由香ちゃん一筋だもんな…ふふふ」

「…ねえ、大丈夫? 由香、無理なんじゃない?」

「一平だって、ばかじゃないんだから」

「ふふふ…だと、いいんだけど…」一平が由香を愛撫し始めた。

一平の指が、由香の淫裂から肉壷にかけて這い回るくちゅくちゅという音が聞こえる。

「ねえ、ノブぅ、見学しちゃおうよぉ」

「ああ、そうだね…一平が、由香ちゃん、イカせるとこ、見せてもらおう」

「いやぁん・・・」由香は、恥ずかしがるそぶりを見せたが、すでに後戻りできない状態にまで進ん

でいた。

沙智と孝信は、一平と由香に寄り添う。

ふたりの熱い視線に、由香の情欲は掻き立てられ、羞恥心が薄れ、快感がいつにも増して大きく

なり、身悶えしながら一平のペニスに指を伸ばす。

孝信は、沙智の淫裂を指でまさぐる。

そこは、ずぶ濡れになっていた。

一平が床に腰を下ろし、由香の腰を抱きかかえるようにして挿入する。

「沙智、由香のおっぱい、揉んでやってよ」

「あっ…いやぁ…」

*****

杉沢琢磨は、吹き荒れる嵐にさえぎられて見えない志帆のマンションの方角を見つめていた。

窓ガラスには、自分の顔が映り、その向こうに闇が広がっている。

さっき、志帆の郵便受けに放り込んでおいた写真は、どんな効果を上げているだろうか。

知りたくてたまらなかった。

街角でキスをするタツヒロと麻丘奈々、教室の最後列でからだを寄せ合い、だれが見てもタツヒ

ロの指が奈々の下半身をいじっているように見える写真…

志帆とタツヒロのあいだに諍いが生じることを望んで、嵐の中、志帆の郵便受けまで往復したの

だった。

おまえら、めちゃめちゃにしてやる…琢磨の顔にいじましい微笑が浮かぶ。

自分の顔の卑しさに、琢磨は気づいていない。シホ、おまえの写真をおかずに、オナニーしてや

るからな…

大きく引き伸ばした志帆のオナニーをする姿めがけて、もう何度も精液を浴びせ掛けていた。

琢磨は、陰茎をしごき始めた。

*****

シャワーを浴びて、少しからだが温まった志帆は、タツヒロの部屋にもどった。

布団を広げ、並んで横たわる。

「志帆、おれ、志帆を守るから・…」

「うん…」

「愛してる…志帆」

「わたしも…ヒロくん…」志帆のからだは温まっていた。

タツヒロは志帆を抱き寄せる。

ふたりは見詰め合う。

タツヒロが唇を近づけると、志帆は少し頭をもたげ、両腕をタツヒロの背中に回しながら吸い付

いてきた。

唇が重なり、舌が絡まる。

ふたりの唾液が交じり合い、吸いあう。タツヒロのペニスが次第に硬さを増してくる。

タツヒロは、志帆のからだのどこもかしこもが好きだった。

顔中に口づけをし、首に、そして、胸に…乳房の谷間に唇を着けると、思い切り吸った。

そこに、赤い口づけの跡がくっきりとついた。

タツヒロは、志帆のからだ中にキスマークをつけたいと思った。

ちゅうちゅうと激しい音を立てながら、志帆の柔らかい肌のいたるところに赤いしるしをつけた。

草むらの生え際にも、足の付け根にも。

淫裂はすっかり潤って、タツヒロの侵入を待ち受けていた。

シャワーを浴びながら、からだ中、いたるところにつけられた無数のキスマークに、ふたりは声

を出して笑った。

「今夜は、一緒に寝よう」「うん」明け方、風雨はますます激しくなっていた。

風がうなりをあげて吹き荒れ、雨粒が窓ガラスにたたきつけられる。

起きだした志帆は、いとおしむように両手でタツヒロのペニスを包み込むと、口を近づける。

タツヒロは目を覚まし、ペニスをすわぶる志帆の後姿をぼんやりと眺める。

後ろ向きになった志帆の丸い背中が、かわいらしく、ふっくらと張り出した尻がいとおしかった。

指を伸ばしてパンティを引き下ろす。

志帆は、上体を起こして、パンティを脱いだ。

「見せて」

「……」

「志帆のここ、見せて」志帆は頷いた。

タツヒロの上体にまたがるようにして、片方の足をタツヒロのからだの反対側に移す。

義弘の目に性器を曝すことが恥ずかしく、いやでたまらなかったのに、タツヒロには、見てもら

いたい気持ちがしていた。

タツヒロの膨れ上がった亀頭の先端を舐める。

指は、陰茎をしごいている。

タツヒロは、唇を志帆の淫裂に近づけて、それからゆっくりと肉の襞を舐め始める。

「んんっ…」志帆は、上体をのけぞらせる。

長い黒髪がはらりと流れる。

両方の親指で淫裂を左右に開き、ぱっくりと開いた桃色の秘肉から溢れ出して来る淫水を吸った。

志帆の下半身をわきにどけながら上体を起こしたタツヒロは、あぐらをかいて座った腰の上に志

帆を座らせ、向かい合い、抱きかかえるようにして挿入した。

ぶちゅ…「あふっ…」下から子宮を突き上げられて、志帆はからだを捩る。

タツヒロの肉棒は志帆の肉の動きに合わせてグイと捻じ曲げられる。

志帆は、次第に腰をくねらせながら、タツヒロの肉棒をしごきあげた。

ふたつの肉体は無我夢中になって快楽をむさぼった。

互いのからだの芯から肉の悦びが溢れ出し、志帆は、上体をのけぞらせながら、おう、おう、と

よがり声を上げ、タツヒロもうなり声を上げながら、志帆の中に精液を放った。

「ずっとこうしていたい…」

「ずっとこうしていよう…」二人は抱き合って横たわり、いつしか眠りに落ちていた。

空は白み始めているが、嵐が吹き荒れている。

 

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