『放課後の憂鬱』

                               ジャック:作
第10章「陥穽」(2)

 明るい照明の中央に立つ藍を、いつの間にか部員達がが取り囲むようにしていた。
みんなの顔は、照明を背後から受け表情がよく見えず、それが一層藍を不安を大きくし
ていた。

 藍は恐る恐る聞いた。
「・・・考えって?」
「いままでの撮影の写真とビデオ、俺たちが持ってるんだよ。・・・それってどういう
コトか、わかるよね?」

 吉田の、その言葉で藍は「恐れていたこと」がついに起こったと思った。
この撮影が始まった時から、いつかこんなことになるのでは、とずっと思っていた事・
・・しかし藍はここで負けちゃいけないと、勇気を振り絞って言った。
「・・・それであたしを・・脅すんですか?」

 吉田は続けた。
「あれあれ、藍ちゃん、人聞きの悪いこと言うなぁ。まぁ似たようなものかな。でもこ
の写真とビデオ、みんな欲しがると思うよ?」
「・・・・」

 藍が黙っていると、今度は柴田が口を開いた。
「それにね・・・」
柴田はそういうと、数枚の紙を藍に見せた。
そこにはインターネットのアドレスらしいものがびっしりと印刷されていた。

 「・・・なに?・・これ・・」
「これね、全部インターネットのアダルトサイトのアドレス。ここに写真とビデオ、掲
載してもらおうと思ってるんだ。」

 「えっ? そ、そんなこと、できるの?」
「そりゃ、俺たちにはマスコミにコネなんかないからさ。こんなの持ってったって相手
にもされないだろうけどね。いい時代になったよなぁ。」

 藍は、写真やビデオを友達に売りつけることぐらいしか考えていなかった。
そんなことなら「事務所」で処理してくれる、と思っていた。
藍自身に経験はなかったが、こっそり撮された写真をもとにナニか要求されたという話
はよく聞いていた。

 そしてそんな時はすぐ事務所に報告するように、とも言われていた。
どうせ何人かの目に触れるだけ・・そう思っていたので強気に出ていた。
しかし、なにやら状況が違う・・

 今度は伊藤が、まるで獲物をなぶる猫のような調子で続けた。
「もう全部スキャンして、データにしてあるんだ。後は学校のパソコンからメールを送
信するだけ・・そんな感じかな。それだけで、世界中の人にこの作品、見てもらえるん
だ。」

 そこで吉田が、ニヤニヤしながら追い打ちをかけた。
「どう、藍ちゃん。高を括ってたようだけど、きっと仕事なくなっちゃうよね。・・あ、
そうでもないか。AVの仕事とかさ。今より忙しくなったりしてね。」

 藍は予想外の話に、恐ろしくなって体がぶるぶる震えてきた。そんなことされたら、
生きてられない・・
「お、お願い、そんなこと・・やめて!」

 急に勢いがなくなった藍を見て、吉田が勝ち誇ったように言った。
「あれ? 藍ちゃん、さっきまでの元気、何処行っちゃったかなぁ? まぁ俺たちだっ
て、そんなことしたくないさ。藍ちゃん撮影に協力してくれたら、そんな事しないよ。」

 それまで黙っていた高科が、その時話し出した。
「おいおい、みんな。それじゃ脅迫みたいじゃないか。藍ちゃんだって仲間だぜ。き
っとわかってくれるさ。ね、藍ちゃん。一緒にこの映画、最後までやってくれるよね。」

 そう言って藍を手招きし、セットの裏に藍を連れ込んだ。
みんなから見えない場所にまでくると、高科は小声で言った。

 「・・・藍ちゃん、ごめんな。藍ちゃんが出来ないって言うのはよくわかる。でも、
みんなこの作品に賭けてるんだ。藍ちゃんにとってはただの部活なのかもしれない。藍
ちゃんの仕事に比べると、遊びみたいなものなのかも知れないさ。・・けど、みんなに
とっては違うんだよ。真剣なんだ。だからあんなきついこと言ったんだと思う。そこを
判ってやって欲しい。それに・・・」

 「・・それに?」
「俺、ほんとは藍ちゃんのこと、好きなんだ。藍ちゃんみたいなアイドルに、こんなこ
と言ったって無駄だって判ってるけどさ。でも、その思いがこの作品に詰まってるんだ。
藍ちゃんのこと考えれば考えるほど、切なくなってこの作品にぶちまけてきたんだ。だ
からどうしても完成させたい。」

 高科の切々とした告白に、藍はさっき吉田とゆうこが抱き合っていたのを思い浮かべ
ていた。
羨ましかったことを思い出した。胸が熱くなっていた。
そして藍は思わず口にしていた。

 「・・・わたしも・・先輩のこと・・好き・・・」
そう言い終わらないうちに、高科は藍を抱きしめていた。
藍はその胸に顔をうずめた。そして藍は口を開いた。
「・・・わかりました。・・やって・・みます。」

 藍の言葉に高科は「ありがとう」と言うと、すぐに藍の唇に自分の唇を重ねた。
 藍はさっきのキスよりもずっと熱い気がした。

 そして唇が離れると、高科は明るい大きな声で、「藍ちゃん、いや藍、頼んだぜ!俺
の言う通りにすれば大丈夫だから。さっ、みんな待ってる。」
二人が元の位置に戻った。高科が、まるで何事もなかったような明るい声で言った。

 「藍ちゃん、やってくれるって。さあっ! 撮影開始だっ!」
高科のその一言で、みんな位置についた。
藍は後ろを向いて、もじもじしながら着替えを始めようとした。すると高科がすぐに指
示した。

 「藍ちゃん、そこじゃないんだ・・ここに乗って着替えてくれる?」
 高科のその指示に、伊藤と柴田が机を運んできた。机をウレタンのマットのすぐ前に
置いた。
高科の指は、その机の上を差していた。

 「・・そ、そんな・・」
藍は言いかけた。が、高科の顔を見るとすぐに机の上に乗った。先程の、セットの裏で
言われたこと、その時の高科の笑顔を思い出していた。

 (先輩のためにも・・頑張らなくっちゃ・・)
そう思った。
気が付くと、カメラが藍を下の方から狙っていた。
明るい照明を浴びて、そんなアングルから、カメラを向けられるのは恥ずかしかった。
急に耐えられないほどの恥ずかしさを感じた。

              

    この作品は「ひとみの内緒話」管理人様から投稿していただきました。