『放課後の憂鬱』

                               ジャック:作
第8章「無邪気な悪魔・後編」(1)

 岸田と吉田は途端に真剣な表情に変わった。
藍はそれを見て、(あ、これが「プロ」なのかな? あたしも・・がんばらなくちゃ!)
と思い、少し身を乗り出した。

 岸田が藍に質問した。
「藍、藍は今まで清純路線で来たよな。それについてはどう思う?」
藍は突然の質問に、戸惑って曖昧な返事をした。
「えっ? あ、あの・・どう思うって・・」

 岸田はそんな態度に、すぐに返した。
「このままで、この世界で生きていけると思うか? それを聞いてるんだ。」
藍は岸田のストレートな質問に、返事に困ってしまった。
「・・・・・・」

 藍が黙っていると岸田が追い討ちをかけた。
「さっき由香の話、したよな? あっちは真剣だぞ! ここで生き残るために賭けに出
るつもりだ。おまえにもそのくらいの覚悟はあるのかどうか、だ。」

 藍はさっき岸田に「プロじゃない」と言われたことがとても悔しかった。その悔しさ
が手伝ってか、藍はきっぱりと返事をしていた。
「覚悟なら、あります! 私・・・負けないように頑張ってみます」

 岸田はそんな藍の言葉を聞いて、一際大きな声で言った。
「おお! 藍、その言葉を待ってたんだ! よしっ、やっぱり俺が見込んだだけのこと
はある。それだけの覚悟があるのなら、俺もやりがいがある。日本一の女優、いや、世
界の藍にしてやるからな!」
「そうだね。藍ちゃんならやれるよ!」

 藍は二人の盛り上がりに巻き込まれたように、気分が高揚していった。
そして思わず「私、今までと違う自分を見つけてみます!」と言ってしまった。
岸田が続けた。
「よぉし、それなら今度の写真集は新しい藍の第一歩にしたい。いままでにない藍を見
せるんだ。そこで・・」

 藍は岸田の言葉を割って入った。
「水着・・ですか。」
岸田は呆れ顔で答えた。その声に、はっきりと失望の色が滲んでいた。
「おいおい、藍の覚悟はそんなものか?」
「ち、違うんですか?」

 藍は困惑した顔で答えた。すぐに岸田が言った。
「まだわかってないようだな。藍の、大人の女の部分を、だな・・・」
すると吉田が岸田に言った。
「岸田さん、そりゃまだムリじゃないんですか? 藍ちゃんの・・何というか、今の愛
らしさも捨てがたいですよ。」
「でもなぁ、話題性や今までのイメージ考えたら、今が一番・・」

 「岸田さん、藍ちゃんの気持ちも、少しは聞かなきゃ。我々が脱ぐんじゃないんだし。
ねぇ、藍ちゃん。」吉田が藍の方を向くとそう尋ねた。
藍は驚いて、「ぬ、脱ぐ? 脱ぐんですか? もしかして・・・ヌード・・」
「そう。岸田さんはそう言ってるんだよ。それはムリだよなぁ?」
藍は言葉を詰まらせ、言った。
「そんな、それは・・ダ、ダメ・・です。脱ぐなんて・・・」

 三人は黙ってしまった。しばらくして、その重苦しい沈黙を破るように岸田が話し始
めた。
「そう・・だな。まぁ、そうだ。しょうがないな。今回は水着で行くか・・」
藍はそれを聞き、少し安心した。そして吉田の顔を見た。

 吉田はまるでうまく行ったね、と言うかのようにいたずらっぽく藍にウインクして見
せた。
藍も同じようにウインクを返した。それまでの吉田への蟠りが消えて、親しみすら感じ
始めていた。

 吉田がその場を取りまとめるかのように言った。
「よし、それじゃ決まりですね。では藍ちゃんの水着姿をメインにしたコンセプトで・
・」
岸田はまだ納得していないようだったが、二人の表情にあきらめた様子で、「じゃ、そ
うしよう。どんな構成にするか・・」と話を続けた。

 「藍ちゃんの今までの写真集、見せてもらったけど、おとなしすぎるね、あれじゃ。
まぁ、水着姿とはいってもこの路線を続けてたんじゃあ、ちょっと・・」
吉田がそう言うと、岸田が急に勢いづいて声を大きくした。
「なっ? そう思うだろ? やはり少しは成長した藍を出していかないとな。いつまで
も子供じゃないんだ。」

 藍は「子供」という言葉に反応していた。負けず嫌いの藍はいつまでも「子供」扱い
されるのは我慢できなかった。
そんな藍の感情を見透かすように、岸田が言った。
「藍はどう思う?」

 藍はきっぱりと言った。
「はい。少し大人っぽさを出してみたいと思います。わたし、もう子供じゃありません
から。」
岸田は目を輝かせ、「よし! じゃあ少しセクシーな路線で行こう。吉田、絵を考えと
いてくれ。」
「まかせてください。すぐにかかりますよ。」と吉田も大乗り気だった。

 藍の心は揺れ動いていた。ムキになった反動がきていた。
 やっぱり恥ずかしかった、水着になどなりたくなかった・・でも、いつまでも子供じ
ゃない、子供じゃいられないんだ。自分を納得させようと必死だった。
(・・・そう、エッチなことだって・・・少しは知ってるんだから。)

 藍の頭をそんな考えがよぎった。そして、少しぼーっとしてきた。
「・・・ちゃん! 藍ちゃん!」遠くから吉田の声が聞こえていた。
藍は変な気分になり、呼びかけられていることにすぐに気付かなかった。はっとして吉
田の方を振り向いた。

「えっ? あっ! ご、ごめんなさい。」
「どうかしたのかな? 気分でも悪いの?」吉田が藍を気遣い、聞いた。
「あ、だいじょぶです。なんでもありません。ちょっと考え事を・・」
藍は慌てて答えると、吉田が返した。

 「あ、こんな話してるから、エッチなことでも考えてたのかなぁ?」
 吉田の言うことが図星だっただけに、藍は顔を真っ赤にして、大声で否定した。
「そっ、そんなこと考えてませんっ!」


              

    この作品は「ひとみの内緒話」管理人様から投稿していただきました。