『放課後の憂鬱』

                               ジャック:作
第7章「無邪気な悪魔・前編」(2)

 「さて、早速だが、今度の写真集のカメラマン、あんたに頼もうと思ってね。」
岸田は吉田にそう言うと、吉田がすぐにへつらうような感じで答えた。
「そうこなくっちゃ! お願いしますよぉ~」

 藍はそのやり取りを聞き、ぞっとした。また吉田に写真を撮られる・・それが水着姿
なんて・・
「おっと、これは気がつきませんで。お茶でも入れますよ。へへへ」
そう言うと吉田はにやにやしながら奥へ消えていった。

 「・・・岸田さん。」
藍は吉田が部屋からいなくなったのを見計らって、岸田にこの前の写真の件を伝えよう
と思った。
吉田ではない、別のカメラマンを頼みたかった。

 「ん? どうした?」
岸田は藍のほうを向き、答えた。
「・・カメラマン、吉田さんなんですか?」
「ああ、そうだ。」
「別の人に・・なりませんか?」

 「ん、どうして? 吉田はなかなかセンスがいい。少なくとも腕は有名な狩野なんか
より上だぞ。なにか不満か?」
藍は少しためらっていたが、思い切ったように話し始めた。

 「・・この前のCMの写真・・吉田さんだったじゃないですか。」
「ああ。そうだったな。」
「あの時の写真、誰にも見せないで処分するって言ってたのに・・」

 そこで恥ずかしさがこみ上げてきて、口篭もってしまった。岸田がきょとんとして藍
に聞いた。
「言ってたのに、どうした?」

 藍はうつむきながら小声で、
「・・同級生が・・持ってたんです。あの写真。」
 岸田はますますわからなそうに「ん、よくわからんぞ。どういうことだ?」と藍に問
い詰めた。

 「・・吉田さんの息子さんとわたし、同級生なんです。で、吉田さん、あの写真を捨
てるって言ってたのに、吉田君に渡したみたいで、それで・・」
藍は「辱しい目にあった」ことまで話しそうになったが、ハッと気付いて黙ってしまっ
た。

 岸田は怪訝そうな顔で、藍に聞いた。
「おまえの言ってることは良くわからんぞ。第一なんでそんなCMの試し撮りの写真を
息子に渡したぐらいで、カメラマン変えにゃならんのだ? なんかまずい写真だったの
か?」

 藍はしかたなく話した。
「・・水着の・・写真だったんです。」

 岸田は呆れ顔で言った。
「おまえなぁ、そりゃ友達に自分の水着姿の写真見られて、恥ずかしいのはわかるけど
なぁ、おまえ「芸能人」なんだぞ! その辺の女子高生みたいに恥ずかしがってちゃ、
これから仕事来ないぞ! も少し大人になれよ。・・別に裸見られたわけじゃあるまい
し・・」

 「でも、す・・・透けてたんです。」
「ん、透けてた? なにが?」
「む・・・・胸が、です!」

 藍は少し大きな声を出してしまったことが恥ずかしかった。が、そんな藍を見て岸田
は他愛もないことのように続けた。
「おまえなぁ、そんなこと言ってるようじゃ、まだプロじゃないぞ。そんなことはこの
世界じゃあたりまえなんだよ。あの篠原奇人も狩野典正も、そんな写真腐るほど撮って
るんだ。それが出版されないだけでな。」

 「・・・・・」

 「息子がそれを偶然見ちまっただけだろ? 親子じゃそんなこと別に不思議じゃない
ぞ! カメラマン変えりゃいいってもんでもないだろ? それにな、自分の息子がおま
えのファンだったりしてみろ! オヤジとしたら自慢したいだろ? そんなもんだぞ!」

 「・・・・・」

 「こっちだって根回しとかいろいろ大変なんだから、その辺わかってくれよな!?」
岸田が一気にまくしたてた。そう言われると、藍は黙ってしまった。岸田の言うことも
もっともだった。

 それに「プロじゃない」と言われたのには堪えた。確かに自分のわがままと言えばそ
うなのかもしれない。

 「・・・・・」

 藍はしゅんとなってしまった。
岸田もおとなしくなってしまった藍を見て、困った様子で言った。
「・・・まぁ、おまえもこれからなんだからな。第一、だ。そんな写真、誰にも見ても
らえなかったら逆に淋しいもんだぞ。人気があるってことだ。このまま人気を維持でき
なきゃ、おしまいなんだから、がんばろうな。・・まぁ吉田には気をつけるように言っ
とくよ。心配すんな!」

 藍は岸田の言葉を聞き、少し微笑み、こくっと小さくうなずいた。
自分のことを考えてくれてるんだ、そう考えたら涙が出そうになった。
「・・はい。私のわがままでした。すみません。」

 藍は泣きそうな顔で謝ると、岸田が軽く藍の頭を叩いた。
吉田がコーヒーを持って戻ってきた。吉田は藍のしょげた様子をみるとすかさず言った。
「お、どうしたの、藍ちゃん? 岸田さんに怒られたかな?」
「・・・あ、なんでもありません。だいじょうぶです。」

 藍はムリに笑顔を作って答えた。が、藍の笑顔はすこし歪んでいた。
「岸田さん、女の子苛めるのは良くないなぁ。まぁそんな怖い顔じゃ、なに言っても怒
ってるように見えますけどね。」

 吉田は場を和ませようとしたのか、冗談を言うと、
「なに言ってんだ。あんたのせいなんだぞ!」と岸田が吉田に言った。
「えっ? 俺のせい? 俺、藍ちゃんになにかしたかな?」
「まったくよぉ、この前のラフ写真、あんたどうしたよ?」

 岸田はすごんだ声で吉田に問い詰めると、
「え、ラフ写真?・・ああ、ありゃ処分したけど、なにか?」
「あんた、あれ息子に見せなかったか?」
「ああ、あん時は藍ちゃんの写真撮ったって言ったら、うちのが藍ちゃんのファンだっ
ていうから少し見せたけど、まずかったかな?」

 「バカやろぉっ!! あんたのそういうところが、軽率だって言うんだよ! あんた
の息子、藍と同級生なんだよ。」
「え、そうなの?」

 「まったくよぉ。あの写真、まずいの写ってなかったか? そんなの同級生に見られ
てみろ、藍、学校行けなくなんだろ!?」
「ああ、そういやちょっとセクシーだったかな・・ぜんぜん気にしてなかったよ。あち
ゃー、まずかったな、そりゃ。」

 藍はそんなやり取りの間、ずっとうつむいていた。そんな藍に吉田が謝った。
「藍ちゃん、ぜんぜん知らなかったよ、ごめんね。うちのバカにからかわれたんだろ?
まずかったなぁ。なんて謝ったらいいか・・」

 藍はまだ納得したわけではなかったが
「・・もう、いいです。気にしてませんから。ただ・・」
「ただ?」
「吉田君、ちょっと恥ずかしいこと・・・言うものですから、少し落ち込んでしまって
・・」

  藍は「恥ずかしいことをされた」とは言えず、言葉を濁してしまった。
しかしすぐに吉田が言った。
「そうかぁ、あのバカ、困ったやつだな・・よく言っておくからさ。機嫌直してくれよ。
ね、藍ちゃん!」
「・・はい。あたしの方こそ、子供でした。ごめんなさい。」と藍も謝った。

 吉田は藍の顔に少し笑顔が戻ったのを見て、
「そうそう、藍ちゃんは笑った顔がいいね。かわいいぞ! こりゃこっちもいい写真、
撮らないとな!」と藍を持ち上げた。

 岸田がそんなやり取りを終わらせるかのように、
「よし、じゃあ早速仕事の話と行くか!」と言うと、吉田が答えた。
「そうですね。さっさと片付けてしまいますか。」
藍の新しい「写真集」の打ち合わせが始まった。

              

    この作品は「ひとみの内緒話」管理人様から投稿していただきました。