『放課後の憂鬱』

                               ジャック:作
第3章「もう一人の藍」(1)

 高科にしっかりと抱きしめられ、藍は複雑だった。
少し前までの出来事に脅えて震えている自分と、抱きしめられて胸を締め付けられるよ
うな何かを感じている自分が存在していた。

 自分の中に、今まで知らなかったもう一人の自分がいる・・・それまで経験したこと
のない、奇妙な感じだった。
そして、今はただ何も考えず、この大きな胸の中に自分をうずめてしまいたい、そんな
気持ちが膨らんでくるのだった。

「藍ちゃん、このままじゃ風邪ひいちゃうから着替えた方がいいよ。」高科の言葉で、
藍は我に返った。
「えっ、あっ、ごめんなさい・・」藍は高科から離れた。
「僕は外で待ってるから、早く着替えてしまいなね。あっ、だいじょぶ、のぞいたりし
ないから!」高科はそう言って藍に微笑みかけた。
藍は少し笑顔を取り戻し「・・はい。・・待っててくださいね。」と返事をした。
高科はドアをあけると、外に出ていった。

 藍はぐっしょりと濡れた体操服を自分の肌から引き離すように脱ぎ捨て、無造作に丸
められたブラジャーを着けた。
ブルマーも下ろすと、そのままスカートを穿こうとした。しかしその下につけていたパ
ンティも濡れていたため、すこし手を止め考えた。

 結局、濡れたパンティを穿いているのが気持ち悪く嫌だったので、思い切ってパンテ
ィをおろすと何も着けずにスカートを穿いた。
まだ湿っている股間がすーすーとして、妙に頼りない雰囲気だった。
藍は着替えが終わると、そばにあったビニール袋に濡れた体操服と下着をそそくさと詰
め込み、ドアを開け高科の所へ向かった。

 高科は廊下から窓の外を眺めていたが、着替えの終わった藍にすぐ気が付き「あ、終
わった? じゃあ帰ろうか。送っていくから。」と声をかけた。
「おねがいします。」藍は素直にそう答えて、高科のすぐ横に立った。

 「髪もまだ乾いてないね。」
「え、あ、うん。」
藍には、自分が意外だった。あんなに酷いことをされたすぐ後なのに、高科になにを話
そうか、そんなことしか考えていなかったから。

 「ごめんな、こんなことになって・・」
高科はそんな言葉を繰り返した。
藍は「気にしていない」というのも変な気がしたので、曖昧な微笑みを浮かべただけだ
った。しかし頬がかすかにあからんでいた。

 家の近くまで高科といっしょに帰ってきた時、藍が突然「あっ、ここまででいいです。
ありがとうございました。」と高科に言った。
藍には、家の前まで高科に送ってもらうのが何となく恥ずかしかったからだ。

 「え、家まで付いて行くよ?」と高科が言ったが、「・・・恥ずかしいから・・・こ
こまででいいです・・」と藍は言い張った。
高科はそれ以上はくどくなると思ったのか、藍の顔を覗き込むようにすると「じゃあ、
ここで。藍ちゃん、また明日、ね?」と確認するように言った。

 「・・・はい。だいじょぶです。またあした。」
藍が返事をすると、高科はちょっと手を振り、すぐに学校の方へ戻っていった。
立ち止まって見送っている藍に、高科は一度も振り返らなかった。藍にはそれが、少し
もの足らないような気持ちだった。
 
 藍は玄関を開け、すぐに自分の部屋に入ろうとした。が、秋に見つかってしまった。
「おねーちゃん、髪がずぶ濡れじゃない? どうしたの?」
秋は藍を見て言うと、藍は「あ、ちょっとプールに落ちちゃって・・」と妙な返事をし
た。

 「ふーん、気をつけなよね。おねーちゃん、おっちょこちょいなんだから・・」
秋は呆れ顔で消えていった。
藍は秋がそれ以上詮索しなかったので、ホッとして自分の部屋に入った。

 藍は部屋に入ると、今日あったひどい出来事が頭の中に蘇ってきた。
「あぁ、あんな姿を見られるなんて・・その上写真まであるし、どうしよう。」
藍は恥ずかしさや悔しさより、昨日の写真が吉田の手にあることが心配だった。
ネガを手に入れなければ、取り返さなければ・・・いつまでもあんな恥ずかしいことを
されてしまう、いや、もっと酷い目に遭わされるかもしれない・・・そう考えると震え
が止まらなかった。

 「あっ、体操服乾かさなきゃ・・」
藍は無理に心配事から気をそらせると、かばんからビニール袋に入れておいたTシャツ
とブルマーを取り出した。
それはまだ、ぐっしょりと濡れたままだった。

 「まだこんなに濡れてる・・・でも私、どんな姿を見られてたんだろう・・」
またあの時の恥ずかしさが蘇ってきた。それは、今までの藍なら絶対に考えられないこ
とだったが、ふと「その時の自分を見てみたい」気がした。
「どんな恥ずかしい姿だったんだろう・・」
藍はどういうわけかそう思うと、濡れたTシャツとブルマーを取りあげた。

 ブラウスを脱ぎ、ブラジャーは濡れてしまうので・・・というより「あの時と同じ」
にするために外すと、濡れたTシャツを頭からかぶった。
パンティはすでに脱いでいたので、直に素肌の上にブルマーを穿いた。

 冷たい感触が全身に走った。
「あぁ、気持ち悪い・・」と思った。が、藍はすぐに脱ごうとはしなかった。
藍の部屋には大きな鏡があった。いつも仕事の練習のとき、この鏡の前で自分の全身を
写している。その鏡の前に立ってみた。
濡れた体操服を着た自分がその中にいた。

 Tシャツは肌に張り付き、裸でいる以上にセクシーだった。乳房の形がくっきりと浮
き出し、乳首がはっきりと透けていた。
濡れたブルマーは光沢が妙にいやらしく映っていた。股間も、その形が浮かび上がって
いる。

 「あぁ、恥ずかしい・・こんな格好を・・・見られてたなんて・・」
藍は恥ずかしかった。耐えられないほどの恥ずかしさだった。
その恥ずかしさから逃れるように、急いで両手でしっかりと胸を隠した・・・が、同時
に違う自分が、もう一人の自分がそこにいることにも気づいた。

 「もう一人の藍」は、普段では絶対に考えられないことを藍にやらせようとしていた。


              

    この作品は「ひとみの内緒話」管理人様から投稿していただきました。