『哀奴まどか』

                             イネの十四郎:作
第5章 妬 心 (2) 

 そして明日から、いよいよ夏休みが始まる日、わたしはまた、あの時と同じ男性に、
声を掛けられたのです。
私でも、2度目になれば少しはお話できるのです。
それでご挨拶だけをして、立ち去ろうとしたのですが・・・

ふと妹が、私たちを見ていることに気が付いたのです。
妹も下校の途中なのでしょうか、高校の方からバス通りへと歩いてくるところでした。

その時私に、つい悪戯心が湧き上がったのです。
それは、この頃愛して頂けない反発だったのでしょうか、それとも単なる好奇心だっ
たのでしょうか。
私は暫くその男性と、お話をしてしまったのです。

その方は純情そうな、どちらかと言えば朴訥な、あまりお話の上手な方ではなかった
のです。
でもその訥々とした話しぶりに、口べたな私は却って好感を持ってしまったのです。

お話によると、その方はやはりここの大学生で、もう2~3ヶ月も前から私のことを
注目していたそうです。
そう言われて、嬉しくないはずはありません。
それで私は暫くの間、楽しくお話をしたのです。

お話をしながら妹の方へ眼をやると、妹は立ち止まって、ジッとこちらを見ていまし
た。
強ばったような、信じられないといった顔つきをして、私の方を睨むようにしていた
のです。
私はここ暫くの憂鬱を思い、仕返しができたような気がして、少し胸がスッとしたの
です。


その日の夜のことでした。
私と妹は、洗面所で二人並んで、歯磨きをしていたのです。
やはり昼間のことがあったせいでしょうか、妹は少し暗い、思い詰めた表情をしてい
ました。
それとも私がそれまで気が付かなかったのでしょうか・・・

この頃の私は、自分のことばかり考えていて、あまり妹の気持ちに思いを巡らすこと
は、なかったようなのです。

今度はいつ来て頂けるのだろう・・・
どんなことをして頂けるのでしょうか・・・

そんな自分の希望ばかり、自分の欲望ばかりしか考えていなかったのです。
そのことを話そうとして妹の方を向いた時、ふと妹の顔つきが変わったのです。

一瞬、遠くを見詰めるような、息を殺すようなその表情は、何か新しいことを思いつ
いた時の、妹の昔からの癖なのです。

やがて我に返ったような表情を浮かべた妹は、初めてそこに私がいるのを気が付いた
ような顔をしたのです。
そして・・・

まどか、今日は楽しませてあげる・・後で行くからね・・・
昼間、あんなことをしたのだから、覚悟はできているわよね・・・

あぁ、来て頂けるのですネ・・・
まどかのこと、嫌われたのじゃなかったのですネ・・・

私は忽ち有頂天になってしまい、その時妹が哀しそうな眼をしていたのに、気が付か
なかったのです。
どうして私は、こんなに自分勝手だったのでしょうか。


その夜、私はいつものように全裸になり、ご主人様のおいでになるのを待っていまし
た。
でも、少し不安もあったのです。
本当に来て頂けるのでしょうか。

それに今日は、父も母も家にいます。
私が声を出せないよう、ちゃんと工夫して頂けるのでしょうか。

しかし私は考えるのをやめて、全てを任せるつもりだったのです。


               

  この作品は、”ひとみの内緒話”管理人様から投稿していただきました。