『哀奴まどか』

                             イネの十四郎:作
第5章 妬 心 (1)


 もうあと数日で夏休みの始まる、あの日のことでした。
私は学校からの帰り道、男性に声をかけられたのです。

 私の通っている高校は、ターミナル駅から電車で30分程の郊外にあります。
緑の多い住宅地の中の、静かなところです。
小学校から大学まで一つの敷地の中にあるのです。

 その中で、高校は一番奥にあるので、バス通りに出るのに大学のキャンパスを、通
り抜けて行くのが近道なのです。
その日も、いつものように大学の中を通っている時に、声をかけられたのです。

 内気な私は、小さい時から人見知りをする方でした。
家にお客様が来た時も、なかなか満足な挨拶ができずに、よく父に叱られたものです。

 その日、声をかけて来た方は・・・おそらく大学生なのでしょう、背の高い、優し
そうな雰囲気の方でした。
しかし私は、知らない人に突然声をかけられても、お話などはとてもできないのです。
その時も、何とかご挨拶くらいはしようとしたのですが、口ごもるばかりで言葉にな
らないまま、私は逃げるように立ち去ったのです。

 でも、何故か不快ではなかったのです。
もちろん私には、お付き合いをする気はありませんでした。
しかし、爽やかな風が吹き抜けたような、何かこの先に起こりそうな、そんな予感、
胸の奥に甘い思いが微かに感じられたのです。


 私の通学は、大学の前からバスに乗り、更に電車を乗り継ぐので全部で1時間ほど
掛かります。
その日、偶然座れた私は、電車の中で考えていたのです。

 ご主人様・・・あの日は有り難うございました・・・
あのミミに苛められた日から、あれは3日か4日後だったのでしょうか・・
お約束通り、ご主人様にあれを入れて頂いて・・嬉しかったのです・・

 あの初めての、貫かれる苦痛とめくるめく快感・・・
私は何も考えられず、何の遠慮もなく、貪欲に浸ってしまったのです・・
あぁ、あの充足感・・今でも想い出すだけで、身体が暖まる程の満足感・・
学校でも「イイこと、あったんでしょ」と、からかわれるほどだったのです・・

 でも、ご主人様・・その日から、来て頂けなくなってしまいました・・
私が、私だけが満足してしまうからなのでしょうか・・
ご主人様は、そういうことがお嫌いなのですか・・
それとも、もう私に興味がないのでしょうか・・

 そうなのです。あの日から私は、ご主人様に来て頂いていないのです。
そのため、その頃の私は憂鬱な、暗い気持ちで毎日を過ごしていたのです。

 私はもの静かな方ですし、喜怒哀楽を素直に表すことができないので、父母は何も
気が付かないようでした。

 もともと父は仕事で忙しく、殆ど家で顔を合わすことがありません。
母も地域のボランテアや、文化活動に参加していて、昼間家にいることは滅多にない
のです。

 ですからごく希にある、家族全員が揃う時間はとても貴重な一時なのです。
そのような時は、もちろん私も普段の通りに会話を交わしています。
相変わらず朗らかな妹は、よく他愛ない冗談を言っては皆を笑わせるのです。
そんな時は、私も一緒に笑うのです。

 そうなのです。
何の変化もない、表面は何も変わっていない日常が続いていたのです。
でも私は、私の心はいつも沈んでいたのです・・・


              
 
  この作品は、”ひとみの内緒話”管理人様から投稿していただきました。