『哀奴まどか』 イネの十四郎:作 第2章 氷 雨 (2) その日、朝から曇っていたのですが、今はパラパラと冷たい雨が降っています。 みぞれ混じりの雨のようでした。 それ程強くはなかったのですが、風も吹いていました。 私は家から15分位の所にある、ペットショップまで、ガタガタと震えながら歩い て行ったのです。 私に外出着として許されたのは、レインコートとゴムの長靴・・・それだけなのです。 薄いレインコートでは・・透けて見えることはないのですが、全く寒さが防げないの です。 小さな傘では避けることのできない雨滴が、コートの襟元や裾から容赦なく滲みて きて、身体を湿らせます。 吹き付ける風は、氷の刃のように私を苛むのです。 やっとの思いで辿り着いたペットショップに、しかし私は暫く入ることができませ んでした。 レインコートの下に、何も着けていないことを気付かれるのではないか・・ でも、買わずに帰ったら、どんなに怒られるのでしょうか・・ そうしている間にも、身体が凍えて行きます。 それに、店の前にあまり永く立っていると、変に思われるかも知れません。 思い切って店の扉を開けた私は、大急ぎで犬の首輪と、それに繋ぐ鎖を買ったので す。 最初に目に付いた、赤く太い首輪と、銀色の長い鎖でした。 私は店員に何を言われたのか、殆ど判らないままにお金を払い、逃げるように店か ら飛び出したのです。 家に帰り着いたとき、ベルを鳴らしても玄関の扉は開きませんでした。 私は凍える指で何度も、何度も、ベルを押し続けたのです。 ふと気が付くと、扉の下の方に小さな紙が貼ってありました。 私は腰を屈めると書かれた文字を読んだのです。 ┌──── 奴隷は傘を置き、裸足になって庭に回ること。 ────┘ ご主人様の命令が、書かれていたのです。 私は長靴を脱ぎ、傘を畳んでその脇に置いて、濡れながら庭に回りました。 リビングの前まで来た時――庭のその部分は、両側にある食堂と応接室に囲われ、 周囲からは少し見えにくいのです――暖かそうな部屋の中から、ご主人様が私を見て いるのに気が付いたのです。 私は早く部屋に入れて貰いたくて、大きな窓に近づこうとしたのですが・・ ご主人様は、用意しておられた紙に書かれた命令を見せたのです。 ┌──── 裸になって、首輪を付けなさい。 ────┘ あぁ、そんな・・酷すぎます・・ やっとの思いで買ってきたのに・・ こんなに寒くて、凍えてしまいそうなのに・・ そんな不満が、顔に現れていたのでしょう。 ご主人様は、鼻をならされるようにすると、プイっと向こうをむいてしまわれたので す。 しかたがありません、私はご主人様の奴隷なのです。 でも、あまりの仕打ちに、少し反発を感じてしまったのです。 私は心の隅に疼く、苦い固まりを押さえ付けるようにしながら、殆ど感覚のなくな った、自由にならない指でレインコートのボタンをのろのろと外したのです。 再びこちらを向かれたご主人様は、これまでなかったような冷たい目で、私を睨ん でおられました。 怒っておいでなのです。 あぁ、でも・・・私だって・・・ しかし私は、ご主人様の目に追われるように、やっとの思いでレインコートを脱ぐ と、買ってきた首輪を自分で付けたのです。 ようやく窓が開き、暖かそうな衣服に身を包んだご主人様が出てこられました。 片手に傘を、そしてもう一方の手には手錠を持っておられます。 まだ家の中に入れて貰えないのです。 私を、もっと辛い目に遭わせるおつもりなのです。 この作品は、”ひとみの内緒話”管理人様から投稿していただきました。 |