『恭子さん』

                          二次元世界の調教師:作
 
第30話 恭子さんを奪回するため、夫と一緒に細川病院へ乗り込む

 夫から夜の生活を求められる事は全くないと聞かされていたので安心していたのだが、
恭子さんの腰に装着されている貞操帯がバレてしまったのだろう。

 そして問い詰められた恭子さんは、いたたまれなくなって家を飛び出し逃げ行ったの
ではないか。

俺は努めて何も知らないフリを装い、玄関から外へ出る。
すると案の定、風呂上がりみたいな姿の夫達也が、一人呆然と戸口に立ちすくんでいる
ではないか。

 「すんまへん。奥さんはご在宅でいらっしゃいますやろか?」
「あ、いえ、今出ていますので」
「いつ頃お帰りになられますかの?」
「え、えと……今日は夜勤ですので、帰りません」

 ーーこのドアホウ! さっき車が出てく音聞いてたんのやで。それにお前の嫁はんの
勤務状態も、こちとら全部お見通しなんやっ!

 俺は妻に去られて明らかに動揺し、何とか取り繕おうとするばかりの情けない夫を見
切り、一旦家の中に戻った。
この状況で恭子さんが向かうのはどこか? 俺は事情を知っている久美まで相談に行く
に違いないと確信し、彼女に連絡を入れてみる事にした。

 恭子さんが一番頼りにしているであろう、直属の上司で仲の良い看護師長はしかし、
本当は黒幕の一人だ。
実の弟守男の言いなりで、恭子さんを弟の愛人奴隷に堕としてしまう寝取り計画の中心
人物なのであるから、そんな彼女に相談してしまっては……俺は最悪のシナリオを想定
し、残念ながらそれは当たってしまった。

 久美の携帯電話が繋がらず、彼女が病院で勤務中である事を示していた。
恭子さんもそれを知っているとすれば、向かった先は細川病院。
守男はいないかも知れないが、状況次第で久美が呼び出すだろう。
「飛んで火に入る夏の虫」とは正にこの事か。

 そして俺はその慣用句を地で行き、過酷な愁嘆場に身を投じる覚悟を決めると家を出
る。
すると隣家の前では、まだ達也が魂を抜かれたような表情でデクノボウのように突っ立
っていた。
全く使えない男だが、コイツも連れて行くよりない。

 「おい、山田はん! 奥さん、家を飛び出てったんやろ?」
「い、いえ、そんな事は……」
「わかった、言わんでもええから、はよ車に乗れ! 事情は後から説明したるさかい。
奥さん、大変な事になっとるんやでっ!」

 俺は気弱な亭主に有無を言わさず、オンボロの軽自動車に押し込み細川病院へと向か
った。
その間お互いに無言で実にいたたまれないが仕方ない。
俺は何もしゃべろうとしない恭子さんの夫を見て、かつて俺が経営していた古書店に通
い詰める貧乏学生だった彼の姿を頭の中で回想していた。

 オドオドと周囲を気にしながら、ほとんどタダ同然の汚い中古のエロ雑誌を何冊か見
繕っては、無言でレジに持って来たものである。
ブルセラ系とSM系ばかりだったな。
そんな事も思い出せるくらいの常連だったのに、口を利いた覚えは一切ない。

 もっとどぎつい女子中高生の使用すみ下着だのアダルトグッズやビデオだのを置いて
あった奥のコーナーに興味津々のようだったが、そこへ足を踏み入れる勇気すらないよ
うな小心者で、今もその性格は全く変わっていないようだ。

 ーー何でこんな情けない男と恭子さんが……いや、こんな男やからこそ、恭子さんは
惹かれとるんかも知れんなあ。間違っても守男を選ぶような、計算高い女ではないんや、
あの人は……

 「主人も私も片親だったんです。それで親近感を感じちゃって」

 仲良くなった恭子さんが、亭主と付き合い始めたきっかけをそんな風に話してくれた
事を思い出す。
俺も女手一つで育てられたんだと言うと、彼女は嬉しそうに少し微笑んでくれた。

 恐らく楽な暮らしではなかっただろう。
貧乏生活の辛さがわかっている筈の恭子さんなのに、大資産家の守男に見初められて求
婚され、何の苦労もないバラ色の生活が約束されようかと言うのにそれを拒み、あえて
甲斐性なしの年下男に操を立て苦労する道を選んだのだ。

 そんな天使のような女性だったからこそ、俺は立場も年齢も忘れて夢中になり、渾身
の性調教を施してしまったのだと思う。
なのにそれが、彼女の遠ざけた守男に略奪されるためのものだとは、何たる不条理か。

 結局俺が達也に口を利いたのは、細川病院に着いてからだった。駐車場はところどこ
ろ明かりが点いているが薄暗く、病院の建物もほとんど窓が暗い。が、院長室と思われ
る所には明かりが点いて確かに人がいる気配が漂い、俺は緊張して口を開く。

「ええか、覚悟しいや。アンタの奥さんが院長先生に言い寄られとったんは知っとるや
ろ? 今きっと奥さんはヤツに捕まって、アンタと別れるよう迫られとる筈や。そない
な事許されるわけがあらへん。奥さんを取り戻しに行くんや」
「え、それって、一体どういう事ですか」

 俺だって恭子さんの所在を確かめているわけではない。
あの、明かりが点いているように見える院長室に守男や久美がいると言う保証もないし、
完全な肩透かしかも知れないのだが、この時なぜかこの病院で恭子さんは守男に捕まっ
てヤツの女になるよう迫られているに違いない、と俺の勘が強く働いていた。

 それが外れていても、早晩達也は守男と対決しなければいけない運命である。
コイツがいかに気弱な腰抜けでも、簡単に愛する妻を手放すような事はあるまい。
俺はいつの間にか達也に肩入れして、悪知恵の働く権力者守男に臆せず戦ってくれるよ
う願っていた。

 俺はこの若夫婦が別れずにすむ提案を胸に潜め、切り札として使うつもりだが、無駄
な抵抗でも達也には最後まで諦めない姿勢を見せて欲しいのだ。
それはとりもなおさず、恭子さんのため。愛する夫が自分のために争ってくれず、易々
と守男の軍門に下ってしまったら、恭子さんはどんなにか悲しむ事だろう。
俺は死んでも彼女のそんな顔を見たくはなかった。

 「奥さんはたぶん、院長室におるやろう。アンタ、奥さんを愛しとんのやったら、絶
対に負けたらアカン。院長をぶん殴ってでも取り返すんや。アンタにはその権利がある」
「……話が全然わからないのですが」

 俺が激情に任せて口走った「ぶん殴る」などと言う行為はまるで出来そうにない、ひ
どくオドオドした態度の達也を連れて、俺はまっすぐ院長室へと向かう。
彼には申し訳ないが一連の悪だくみを全て明かすには時間がなかったし、何より俺自身
が関わって恭子さんに加えてしまった淫らな仕打ちの事を夫に知らせるなんてとても出
来なかった。

 ーーああ、俺は卑怯者やな。この情けない男を笑えんで。くそう! こんな事になら
なければ、もっと冷静に守男を説得する手立てを考えたのに……

 「すまんな。今全部教える事は出来ん。せやが、わてを信じて付いて来てくれまへん
か? 奥さんのため、一生のお願いや」
「……わかりました」

 話が見えないなりに、妻の失踪と言う事態の深刻さが何とか伝わったようで、俺は再
び口を閉ざすと達也と一緒にエレベーターに乗り込む。
目的の階に近付くに連れて、どんどん高まる不安で、ドキドキする自分の心臓音が聞こ
えて来た。

 状況もわからず、恭子さんを奪還する有効な手段も持たないままで、敵のアジトに飛
び込むようなものだ。
夫を連れて行っても、これぞ正しく「飛んで火に入る……」なのではないか。

 この日の俺は残念な事に悪い方にばかり働く勘が冴え渡っていたようだ。
「ボン」と気安く呼び、若造だと守男を見くびっていた事や、久美は俺達の味方になっ
てくれるのではないかと勝手に期待していた事など、すぐに後悔する羽目に陥ったので
ある。

 「お待ちしておりました」
「お、おい、久美。一体どういうつもりや」
「申し訳ありません。お二人とも私達の言う通りにして下さい」
「悪い冗談はやめてえな」

 「冗談ではありませんよ。姉さんが持っているのは外国製の強力なスタンガンです。
死ぬ事はない筈ですが、保障は出来ませんね」
「ドアを閉めて下さい」
「久美っ! お前、気いでも狂うたんか」

 院長室のドアを開け一歩足踏み入れた所で、俺達は一歩も動けなくなってしまった。
見た事もないような酷薄な表情を浮かべた久美が、奇妙な拳銃をまっすぐ俺達に向けて
構えていたからである。
それは愛する弟のために覚悟を決めて、自分と親しい女性を寝取らせると言う悪事に手
を染めようとする中年女の、暗い情念がこもったような鬼気迫る迫力だった。

 口調こそいつもと同じ上品で丁寧なものだったが、ドアを閉めろと言う命令に従わな
いと、久美は一瞬の躊躇もなくニードル拳銃型のスタンガンをぶっ放し、俺達の横の壁
に何本もの鋭利な針が立ってキラキラと光る。
俺達は仕方なく慎重にドアを閉めると、両手を上げてホールドアップの姿勢を取った。

 「気が狂ったか、ですって? そうかも知れませんわ。でもこれは、かわいいモリオ
君のため。貴男たちに邪魔してもらっては困りますの」

 ーーアカン。これはマジで気い触れとるかも知れんで……

 愛嬌のあるファニーフェイスを凄艶な表情に溶け崩しスタンガンを構える久美は、俺
が知っている優しく上品な上流階級の淑女とは別人で、まるで悪霊にでも取り憑かれて
いるみたいだった。

 いつの間にか全身から冷や汗が滴り落ち、情けないほど全身がガタガタ慄えてしまう。
隣の達也も同じような状態のようだ。
何をしでかすかわからない狂女ほど怖いものはない。

 時間が止まったかのように恐ろしく長く感じられるホールドアップの間、俺は部屋の
中の様子を探った。
正面のやや離れた大きな院長机には守男が座っていたが久美ともども白衣姿で、俺の恐
怖に拍車が掛かる。

 そして、恭子さんは? と見ると、そこにいた。
無残にも貞操帯だけの全裸に剥かれて机の横に正座し、後ろ手錠に首輪で机に繋がれて
いる。
口にはボールギャグが嵌められ、こぼれた涎と涙でもう顔はグシャグシャだ。  

 眼鏡を掛けた守男はいつものように無表情で感情を表さないが、時々恭子さんの方に
視線をやり、軽く巨乳を弄ったりして満足そうである。
ふと見ると、そんな守男にジッと視線を送っている久美が、顔を歪める。
瞳に醜いジェラシーの炎が浮かんでいるように、俺には見えた。

 ーー久美は一生を弟に捧げた女や。それなのに、「かわいいモリオ君のため」に、自
分よりずっと美形で年下の恭子さんを、愛人として用立ててやるとは……頭がおかしゅ
うなっても、無理はないわな

 「それではお二人とも、服を全部脱いで下さい。抵抗してはいけません。モリオ君も
スタンガンを持ってますから、恭子さんが痛い目にあわされますわよ」

 確かに守男の方は、体に押し当てるタイプの護身用スタンガンを机の上に置いていた
が、急展開のショックですっかり意気消沈していた俺達に、抵抗する気力がある筈もな
かった。
数分後、俺達はスッパダカで正座し、久美の手で後ろ手錠を嵌められ首輪を壁に繋がれ
ていた。

 守男が口を開く。
「さて、わざわざお越し頂き、ありがとうございます。これなら話が早い。ご主人にお
話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「答えなければ、痛い目にあってもらいますわよ」
「は、はい」

 「単刀直入に申しましょう。私に奥さんを譲って頂きたいのです」
「そ、それは……」
「姉さん、暴力はやめましょう」

 返答に詰まった達也に、久美はスタンガンの照準を合わせていた。
「私は紳士的に、話し合いでご主人に納得して頂きたいのです」
「何が紳士的や、ボン。これはお前……暴力そのものやないか」

 「羽黒さん。おかしいですね、どうして貴方がそこにいらっしゃるのですか」
「絶対、許さへんで。わてが訴えたら、お前らブタ箱行きや!」
「羽黒さん。警察なんか役に立ちませんわよ。貴男が一番良く御存知でしょうに」
「……」

 久美の痛い指摘に俺は言葉を失い、厳しい現実に直面せざるを得なかった。
細川守男はこの地では、警察ですら意のままに操る力を持っているのであり、だからこ
そ俺も恭子さん寝取り計画に加担せざるを得なかったのではないか。
だが俺は精一杯抵抗して悪態を吐きかけた。

 「警察は当てにならんでもな、お前らのやろうとしている事は人として許されん事や。
天罰が下るで。お前ら地獄行きや!」
「羽黒さん、自分だけ善人のような顔をされるのは、私としては納得出来かねますね。
ご主人、ここに面白いビデオがありますので、よくご覧になって下さい」

 「んん~っっ!!」
「ちょっと待った!」
「あらあら、恭子さん。ご自分の都合が悪いものだからって、隠す事は出来ませんわよ。
羽黒さんもですわ。ご主人、しっかりご覧になって。目を反らしたりしたら、容赦はし
ませんわ……」

 こうして恭子さんと俺の抵抗もむなしく、膨大な無修正SMビデオが大画面テレビに
映し出され始めたのだった。


               
    この作品は「新・SM小説書庫2」管理人様から投稿していただきました。