『恭子さん』 二次元世界の調教師:作 第4話 犬の散歩中に出会った因縁浅からぬ人々 「私、親の所に行って来るから、タツヤをお散歩に連れてってね」 そう言い残して恭子さんが出て行くと、ボクは仕方なくタツヤを散歩させる事になった。 あまり日中だと無職をアピールしているようで嫌なんだけど、恭子さんが帰って来るま でに散歩させないといけないので、すぐに家を出る。 このくらいはやってあげないと、彼女のヒモ状態のボクは良心が疼いてやり切れない のだ。 だけどこんな時に限って、知り合いに出会ってしまう。 まず初めに会ったのは、小柄でぽっちゃりした中年女性だ。 彼女が近付くと困った事にタツヤがキャンキャン吠えてしまう。 「こら! タツヤ」 「いいんですよ、慣れてますから。恭子さんはいらっしゃる?」 「すみません、さっき出掛けたばかりです」 「じゃ、これ、お渡ししといてくれるかしら。田舎の実家が、たくさん送って来てくれ たの」 「いつも気を遣わせて、申し訳ありません」 この女性、成本さんは細川病院の看護師長さんだ。 恭子さんがボクの失職を唯一打ち明けていると言う、直属の上司に当たる人だ。 いつもニコニコして人当たりが良く、病院で恭子さんも良くして貰ってると言うし、こ うしてプライベートでもお世話になっている。 何しろ、この新居を紹介してくれたのも成本さんなのだ。 うちの町内に、引っ越しで空き家になった家が安く売りに出てるからと言う事で、驚く 程安価に入手した一軒家でボク達の新婚生活は始まったのである。 そして、彼女はさらに良い話を持って来てくれた。 「実はうちの病院で事務の仕事に空きが出来そうなの。タツヤ君、どうかしら? そ の気がおありなら、すぐ人事に言って面接の手配をさせますけど」 頼んでるわけではないけれど、面倒見の良い成本さんはボクの再就職まで探して下さっ ているのである。 多忙なナースには多いらしいが、彼女は独身で一人暮らし。 新婚当初から親しく付き合わせて頂き、ボクの事を下の名前で呼ぶ。 ボクもこの人だけはあまり気兼ねなく話が出来るのだが、なぜかタツヤは成本さんには 吠えてしまうのだ。 悪い人には吠える、と言う恭子さんの説と正反対ではないかと文句を言ったら、種明 かしをしてくれた。 「タックン、気付かない? 成本さんって、すごくきつい香水してるのよ。だから」 そのため嗅覚の鋭いタツヤは彼女が近付くだけで吠えてしまうのだとか。 そんな事にも全く気付かないボクは、自分の不明を恥じるよりない。 ともあれ、これは良い話である。恭子さんとも相談して、成本さんにお願いしてみるか。 「今度の町内旅行、とても楽しみにしてるわ。タツヤ君も絶対参加してね」 「は、はあ……」 ボクは正直考えてもなかった事なので、そう言葉を濁すよりなかった。 そう言えば羽黒が出欠を確かめに来た町内会の議題が旅行について、だったっけ? 人 付き合いが苦手なボクにとっては、町内のみんなで旅行するなんて苦痛だけど、就職ま でお世話になりそうな成本さんにそう言われたら、参加しないわけにはいかないかも知 れない。 常々ボクの交際下手を心配している恭子さんも参加するよう言うに決まってるし、頭 痛のネタが一つ増えてしまった。 成本さんと別れて吠えなくなったタツヤを連れて歩いていると、今度は会いたくない人 間に会ってしまう。 タツヤが吠えたので、ロクでもない人間かと思って見ると、学校帰りと思われる中学 生のボンクラが3人たむろして堂々とタバコを吸っている。 ボクはヤバイ、と思い無視して通り過ぎようとしたが、向こうから声を掛けて来やがっ た。 「あれ、せんせーじゃん。お前クビになったんだってな」 そう野放図に話し掛けて来たのは、リーダー格と思われる髪を金髪に染めた男で、他の 二人は何やらそいつに言っていたが、いわゆる札付きの不良で特定の恐い教師以外は屁 とも思っちゃいないようなやつらだ。 他の生徒からも舐められてたボクだから、もちろん遠慮などある筈もない。ボクは仕 方なく言葉を返した。 「そんな所でタバコなんか吸ってちゃ駄目だぞ」 「だってよ」 「馬鹿、こいつがチクるわけねえじゃん」 「じゃな、せんせー」 無関係になったからまだこの程度なのだ。 在職中は、こいつらにさんざん悩まされたもので、下手に非行を注意しようものなら、 身の危険を感じたほどである。 教師の癖に情けないと思うだろうか? 中学生が堂々とタバコを吸っていても、注意 出来る人間がどれだけいるだろう。 見るからに不良の彼らを恐れて、見て見ぬフリをする人がほとんどに違いない。 ボクは恭子さんと知り合ってから、学校の先生になるのが昔から夢だったと語り、早 く結婚したがった彼女に迷惑を掛け就職浪人してまで、中学校の数学教師になったのだ。 でもそれは恭子さんが、夢に向かって頑張ってるタックンが好きよ、とおだててくれた から、と言うのが本音であり、「夢」と言うほど強い希望ではなかった。 人付き合いが苦手なボクなので、まだ子供を相手の仕事の方がましだろう、と思って 教師を志望していただけなのだ。 そして進学塾のアルバイトではそこそこ通用したと思ったので、一抹の不安を抱えなが ら就職したのだが、現実はやはり甘いものではなかった。 ボクが採用になったのは家から一番近い中学校だけど、塾と違いさまざまな生徒が通 う学校は大変だった。 新米と言うだけでも不利だし、気が弱いボクは生徒から完全に舐められてしまい、授業 もまともに進められなかった。 特に不良生徒が幅を利かせているクラスでは、そいつらが妨害するのである。 そのうちに大人しい普通の生徒達も私語をしたりし始めて収集がつかなくなり、学級崩 壊と言っても過言でない状態になってしまった。 でも生徒だけならまだ我慢が出来た。 そんなボクでもなついてくれる生徒だって多かったし、たぶん他の先生も多かれ少なか れ苦労してやっていたのである。 ボクにとって、もっと辛かったのは職場の人間関係だった。 ボクは特に女性が苦手な事もあり、女性教員が過半数を占める中学校で、いつの間に か孤立した立場に陥っていた。 困った事があっても誰にも相談出来ないし、ストレスが溜まる一方だった。 そんな嫌な思い出を噛み締めながらトボトボ歩いていると、今度は女の子の声が掛か った。 「あ、せんせー」 その無邪気な声の主はすぐにわかり、ボクは一瞬心が和む。 セーラー服を着こなし、三つ編みのお下げ髪と言う格好をした、その女の子は三倉あり ささん。 同じ町内に暮らしていても滅多に出会う事などなく、何とこの春学校を辞めてから初 めてだ。 ニッコリ笑って手を振るその姿はもちろんそんなに変わっている筈もないが、心なしか オトナになりますますかわいらしく見えてしまった。 ーーもう中三になるのか。今年は受験生だな 辛かった教員時代、学校で唯一ボクの心のオアシスだったと言っても良いありささん との再会に、ボクは胸がキュンとならざるを得ない。 彼女は幼さの残るあどけない外見そのままで純真な女の子。 数学が大の苦手で、赤点の常連だった彼女を放課後残して勉強を教えてあげてたら、 いつの間にかすっかりなついてしまい、しょっちゅうボクを訪ねて教員室にやって来る ようになったのだ。 他に未練はなかったが、ありささんに会えなくなった事だけは心残りだったので、ホ ンのわずかでも彼女の姿を見る事が出来て、ボクは億劫だった犬の散歩に出て良かった、 と現金にも感じていた。 もちろんそれだけの関係だ。 在職中もこうして校外で出会った事はほとんどなかったと思う。 ありささんはとても無邪気で、変に色気付いて来る中学生女子達の中で、驚く程子供っ ぽい女の子だった。 でもそんな彼女だからこそ、ダメ教員のボクにでもなついてくれたのだろう。 そして困った事に彼女の無防備さが、ボクを悩ませる事になったのだ。 それは暑い夏場の事だ。 ボクの教官室で、ありささんと一対一で数学を教えていたら、薄手の夏服セーラーの胸 元が汗ばんで透けており、下に着けていたピンクの花柄ブラジャーがバッチリ見えてし まったのである。 オーバーだと思われるかも知れないが、その瞬間ボクは頭をハンマーで殴られたよう な強烈な衝撃を受けた。 ブラジャーを着けている事すら想像の付かないような子供っぽい女の子だったから、 女学生らしい花柄ブラとそれまで意識した事のなかったありささんの膨らみ掛けた乳房 は頭がクラクラする程蠱惑的で、ボクはいけない事だと自分を叱りながら何度も何度も チラ見して、股間を痛い程張り切らせてしまった。 中学ではスパッツ類を穿く事は禁止されており、真面目なありささんはこの長いスカ ートの下に同じような花柄パンツをはいているのかと想像してしまい、めくり上げて確 かめてやりたい危険な衝動まで覚えた事をはっきり記憶している。 恭子さんと言う理想的な女性を妻としながら、教職に就く人間として許されない心の 迷いだったかも知れない。 でもそれは昔から少なからずロリコンの性癖もある男の性(さが)として仕方のない事 だと思うし、もちろんありささんに教え子として以上の関係など毛ほども望んだわけで はないのだ。 だがこの透けブラ事件以来、ボクはどうしてもこのかわいい女子中学生を性の対象と して見てしまうようになり、彼女のセーラー服の中を妄想しながらシコシコと励んでし まった事も少なからずある。 ここでボクは告白しなければいけない。 ありささんにけしからぬ欲望を覚えてしまった時期と重なるように、今のボクにとって 最大の悩みが発生してしまった事を。 もちろん偶然だと信じたいのだが、学校でのストレスと子供が出来ないプレッシャー が重なったボクは、愛する恭子さんの大切な部分の中に射精する事が出来にくくなって 来たのである。 高校時代には及ばないが、ボクの性欲自体はまだまだ大いに盛んで、一日に5発くらい なら余裕で出す事が出来ると思う。 実際自分の手はもちろん、恭子さんの手や口で処理してもらえば、恥ずかしくなるくら い大量に出てしまったりするのに、だ。 まず恭子さんと体を合わせようとすると、なぜかそれまでいきり勃っていたペニスが シュンと萎えてしまうようになり、合体自体出来ない事もある。 そして何とか挿入を果たしても、今度はどうしても射精出来ないのだ。 本当に情けないし、恭子さんには絶対言えないけれど、そのうちボクは今セックスして いる相手は、セーラー服を着ているのだと妄想して何とか射精を果たすようになった。 もちろん恭子さんのコスプレを想像したいのだけれど、それがどうしてもありささん の顔に変わってしまうのも、どうしようもなかった。そして、そんな背徳的な「奥の手」 すら通用しなくなって、今に至るのだ。 「ほら、ありさ! 行くよ」 ありささんと出会えた喜びも束の間、ヒステリックな女の声が聞こえて、ボクは一気に 嫌な気持ちになってしまう。 一緒に歩いていた母親が、ボクにまるで汚らわしい物でも見るような視線を送ると、わ ざわざ避けて遠ざかるようにありささんを誘導して行ってしまったのだ。 こんなあからさまな態度を取られては、さすがのボクも怒りを覚えた。 ふと見ると、タツヤもこの母娘に近付くとしきりに吠え始めている。 母親が悪い人間であるのは確かで、タツヤのセンサーも正しく働いていると思う。 この母親は純真でかわいいありささんと血が繋がっているとは思えない程口うるさい 人間で、母子家庭のせいでもあろうか、何かに付けて学校に文句を付けねじ込んで来る、 いわゆる「モンスタークレイマー」として学校では忌み嫌われていた。 その娘になつかれてしまったのも困ったものだと苦笑したものだが、冗談ではすまさ れない事態がボクに降りかかる。 母親はありささんの数学の成績が悪いのは、2年になって授業を受け持つようになった 新米教師であるボクのせいだと言って、学校に担当教師の交替を要求して来たのだ。 確かにボクの授業は決してうまく行ってなかった。 一部の不良生徒に引っかき回されて、まともに進められない事もしょっちゅうだった。 でも自分を弁護すれば、荒れた中学でそんな授業はいくらでもあったと思うし、ありさ さんは根っから数学が苦手なだけだ。 何よりボクになつき好いてくれていた筈なのに、選りに選って彼女の母親からそんな 突き上げを喰らうなんて考えられなかった。 だがあり得ない事に母親の要求は通ってしまい、ボクはありささんの授業担当を外され て、その時間は交替したベテラン女教師の授業を研修として見ておくように、と言うひ どく屈辱的な扱いを受けた。 ボクはどうしても、これは管理職にも嫌われていたために、職場いじめを受けたのだ と思ってしまう。 交替した教師の授業だって全然成立してなかったし、ボクだけがダメ教師の烙印を押さ れて、当の生徒達の目に晒し者にされたのだ。 ーーなあタツヤ。お前はいいな、嫌なやつに吠えたっていいんだからな せっかくありささんに会えたいい気分を台無しにされ、辛かった中学校での事を思い 出してトボトボと帰路につきながら、ボクは詰まらぬ気苦労のなさそうな犬に嫉妬を覚 えてしまう。 成本さんの持って来てくれた細川病院への就職話もちょっと億劫に感じられてしまい、 ボクは自分を叱った。 ーー働かないでどうするんだよ。これ以上ブラブラしてたら、恭子さんの夫である資 格がないぞ。どんな仕事だって人付き合いは必要なんだから、しっかりするんだ! 達 也…… ボクは大学で情報系の工学部を出たので、IT関係の知識や操作能力はある。 病院の事務となればコンピュータで仕事をするのだろうが、成本さんもその辺りを見込 んでくれたのだろう。 もうすっかり懲りてしまった学校の教員などより、ボクに向いている仕事なのかも知れ ないではないか。 こうしてボクはいろんな因縁のある人間と出会ってしまったタツヤの散歩を終えて帰 宅したのである。 この作品は「新・SM小説書庫2」管理人様から投稿していただきました。 |