「二人妻」

                     赤星直也:作
第1話 差し押さえ
 
 「お願いです。せめてここだけでも残して下さい」
「いえ、それはできません。訴訟人からの差し押さえですから」
「でも、私達行く所が無いのです…」
「それはわかりますが、裁判所の仮押さえが決定してますから、そんな事言われても
困ります」執行官は家具などに差し押さえた証拠の札を貼っていく。

 その差し押さえられた家財の前に、うずくまる中年の女性がいた。
「お母さん、大丈夫よ。なんとかなるわよ」若い娘が不安げに母親を抱きながら言う
と「そうよね、なんとかなるわよね」母親も言い返すが、二人に頼れる身内などなか
った。

 この家の主は三井涼子だ。
夫が交通事故を起こし半年前に死亡したが、飲酒していたために保険金が下りず、そ
ればかりか、相手が重傷で賠償金さえ払えない。
また、生命保険も重大過失で減額され、そのため相手の治療費はどうにか会社の退職
金と合わせてまかなえたが、慰謝料までは払えなかった。

 その為に、やっと手に入れたマンションのローンも払えず、二つの債権を背負わさ
れている。
涼子はパートで働いたが焼け石に水で、毎日の生活費さえやっと工面している状態だ。

 執行官が帰ると2人が残されたが、夜だというのに電気もつけず、家は「シーン!」
と静まりかえってる。
その静けさを破って「プルプル!」電話が鳴った。
「もしもし、三井ですが?」それは夫が事故で負傷させた相手からで「申し訳ありま
せん。必ず返済しますから…」涼子は涙声で(お母さんが、可愛そうだわ…)美咲も
涙ぐむ。

 受話器を置いた涼子は堪えきれず泣き出した。
普通だったら、夫が勤務する会社が家族の面倒を見るのが普通だが、重大な過失をし
た上に会社の経営も不景気で思わしくなく、会社を守るので精一杯で、死亡した家族
の面倒どころではない。
その夜、二人は何も食べずにベッドで眠り込んでしまった。

 翌朝、二人は軽い食事を食べていた。
「私、お父さんの所へ行きたいな…」何気なく美咲が言い「ダメ、そんな事考えちゃ
ダメ。生きる事ことがお父さんの供養なのよ。そんな事もう言わないで!」涼子が美
咲をいさめる。
「それじゃ、私、学校やめて働こうかな?」

 「気持ちは嬉しいけど、お父さんはきっと悲しむわ。お父さんの為にも、今のまま
で頑張って生きようよ」
「そうよね、頑張るか。でも、お母さん臭うわよ。私も臭うみたい」
「そうね、昨日のままだかから。着替えようか!」二人はそれぞれの部屋に入った。

 涼子は服を脱ぎだし、スカート、シャツと脱いで下着姿になり、その下着も脱いで
いく。
パンティ、ブラジャーと脱いで全裸になったが、美咲しか産んでないので、まだ下腹
部には張りがあり、弛みがなく股間の絨毛も黒々と生い茂っている。

 また、乳房もいくらか垂れ下がっているが、乳首もまだピンクを帯びており、全裸
になった涼子は総レースのパンティとブラジャーを用意した。
パンティに足を通して引き上げると、絨毛がレースに隠れ、乳房にブラジャーを押し
つけ背中のホックを留めた。

 その時、「ピンポーン」チャイムが鳴った。
「何よ、こんな時に…」涼子は慌てて乳房を掴むとカップに押し込み、その上にワン
ピースを着込んで玄関に向かう。

 「どちら様でしょうか?」
「お忙しい所、失礼しますが沢村不動産です」涼子が玄関の鍵を開けると3人の男性
がおり「!」その中の1人が、涼子を見て驚きの顔を見せた。

 「申し訳ありませんが、競売の下見をさせて欲しいと思いまして伺いました。これ
はお礼と言っては失礼ですが…」お金の入ったのし袋を差し出した。

 そこに、気になったのか「どうしたの、お母さん?」着替えを終えた美咲も玄関に
現れた。
涼子はのし袋を受け取り、美咲に事情を説明しながらお客を中入れた。
不動産屋は家の中を調べ、家を見終えると「涼子さん、久ぶりですね」懐かしそうに
言う。

 「えっ。あ、もしや、沢村さんでは?」
「はい、沢村友和ですよ。お懐かしいですね」
「ここでは何ですから、どうぞ、こちらへ」涼子は沢村をリビングに案内しソファー
に座らせた。

 「あれから、何年経つでしょうね」
「そうね、20年は経ったと思うけど…」2人が昔話に華をさかせていると、引き裂
くかのように「社長、終わりました」2人が家屋の調査を終えて戻ってきた。

 「お前達は、先に帰って良いぞ!」
「は、はい!」意味が分からず、2人の社員が玄関から出て行くと「お母さんの知り
合いなの?」怪訝な顔をする美咲で「沢村さん、紹介します。私の娘の美咲です」
「初めまして。三井美咲です」

 「私は沢村友和と申しまします。沢村不動産の社長をしてます」
「あの沢村不動産ですか、確か、駅前にビルを持っているあの会社ですよね?」
「そうです。それより2人にお話がありして…」美咲も神妙な顔でソファーに座る。

 「率直に答えてください。涼子さんはいくらの負債を抱えてます?」
「マンションのローンが1千万、慰謝料が1千万。合計2千万です」泣きながら沢村
に告げると「涼子さんの泣き顔は見たくないな。その位なら私が立て替えしますよ」