『闇色のセレナーデ』 とっきーさっきー:作 第28話(最終話)少女とおじさんと、白いパンティー すべてが終わった。 卓造はパンパンに膨らんだビジネスカバンに、同じくめいっぱいに膨らんだリュック サックを背負い、空いた片方の手には、破れそうなほど詰め込まれた紙袋を二つぶら 下げた出で立ちで、20年間通い続けた職場を後にした。 見送る者は誰1人としていない。 2階3階の窓から好奇な目で覗いている輩が、数人はいたように感じたが、敢えて気 付かない振りをした。 「会社、辞めちゃったの?」 「ああ、やめた」 たった1人で出迎えてくれた少女に、卓造はぶっきらぼうに答えていた。 「どうするの? これから」 セーラー服の少女は、卓造の手から紙袋をひとつ奪うと先導するように歩き始めた。 「うーん、そうだな。これから職安へ行って、新しい働き口を探すしかないだろうな。 このままだと、飼い猫のミニィまで養えなくなっちまう」 「ふ~ん、大変なんだね、おじさんも。でも、こんなヨレヨレ営業マンを雇ってく れる会社なんて有るのかな? 今の会社でも、『窓際さん』だったんでしょ?」 纏わりつく少女は、ヅケヅケとした物言いで悪びれもせずに話しかけてくる。 「だったらさ、キミのお父上様にでもお頼みして雇ってもらおうかな? 草むしり、 トイレ掃除、交通整理、社内の揉め事、みんなまとめて引き受けてあげるからさ」 「それって、本気なの?」 「ああ、大本気さ。生きていかなくっちゃ、いけないからね」 卓造はストライドを拡げると、少女の隣に並んだ。 偶然を装って肩をひっ付けようとしたら、ぶら下げた紙袋がジャマをする。 「ふ~ん、ふ~ん……それなら頼んであげてもいいけど、条件があるの」 「条件? なんだよ、それ?」 不意に少女の足が止まった。 卓造の足も止まる。 目の前の横断歩道の信号が、それに合わせて青から赤に変わった。 「あのね……『私、佐伯卓造は、小嶋千佳を心から愛しています。飼い猫のミニィ と一緒に彼女と同棲します』って。宣言してみせてよ。大きな声で」 「ここで? それをやるの?」 「うん。しないのなら、頼んであげない」 見つめる少女は黒い瞳をクリクリさせたまま、悪戯っ子の笑みを作った。 ただし、その笑みは次第に薄れていき、哀しいくらいの真っすぐな眼差しが取り残さ れていた。 「わかったよ、千佳。宣言する。いや、宣言させてくれ」 卓造は鼻の穴を拡げて大きく息を吸い込んだ。 声帯をこれでもかと震わせて、想いを詰め込んだ声を吐き出した。 横断歩道の信号が、また赤から青に変わった。 あっけに取られて顔を向ける歩行者に祝福されて、卓造と千佳は足取りも軽く歩き始 めた。 触れ合う紙袋と紙袋を触れ合せて、通じ合う心の中の手のひらと手のひらを恋人繋ぎ してみせて。 「藤波の妹さん、無事にアメリカに着いたって。付き添って行った藤波さんから連 絡があったわ」 「そう、良かったじゃないか。渡航費から向こうでの手術代は結局、和也君が自腹を 切って払ったんだってね。メチャクチャなワルだったけど、一応、筋は通したんだ」 「うん。あんな男でも、一応、千佳のお兄さんだった人だから。今頃なにをしてるの か知らないけどね」 駅前の繁華街を通り抜け、子供たちの歓声で沸く市民公園の前に差し掛かっていた。 卓造にも千佳にも、辛い記憶でしかない処なのに、なぜだか切ないモノを感じた。 「ところで、さっきの仕事の件だけどね。卓造にぴったりの役職は何かなって、考え てたわけ」 「ふ~ん……それで、窓際族候補&ヨレヨレ営業マン向きの職場は見付かった?」 『おじさん』から『卓造』に呼び名が変化しても、卓造は気にも留めない。 当然と言った顔付きで、千佳に続きを促した。 「こんなのは、どうかな? 『小嶋技研副社長付き、見習い秘書』ってところで」 「はぁ、なんだいそれ? この俺が秘書だって? 無理だよ、そんなの出来っこな いだろ。きっと新しく就任した副社長にどやされて、早々にお役ご免にされちまうよ」 「そうかな? わたしとお父さんでビシビシスパルタ教育するから、きっと凄腕の 秘書さんになるのは保証済みなんだけど」 「ビシビシのスパルタねぇ……でもなぁ、現役女子高生の商品保証だけじゃなぁ」 卓造がお手上げを示すように、間の抜けた声をあげた。 千佳が聞き耳を立てるように首を傾げた。 そして、「えっへん」と咳払いをしてみせる。 「もしも~し、佐伯卓造君。その美少女現役女子高生は、あなたの知らない顔を持 ってたりするのです」 「へぇ、千佳のことなら、お尻の穴のシワの数までチェック済みだと思ってたけど。 他になんかあったかな?」 「も、もう! こんな処でなんてこと言うのよ。ほら、小さいお子様がこっちを見 てるでしょ。それよりも、う~ん、焦れったいんだから。わたしはね、小嶋技研創業 者の1人娘なのよ。あの人がいなくなって、只今たった1人の後継者なの!」 千佳の声音は、大きくなったり、小さくなったり。 終始不安定のまま、早口で一気に捲し立てられる。 「へっ? ということは……?」 万年真っ平らな三流営業マンでも、ビビッとくるモノがあったようだ。 「もしかしてだよ。そのぉ、もしかしてだけど、副社長って……?」 千佳が自分を指差して、にこっと笑った。 白い前歯がキラリと輝く。 「申し遅れました。わたくし、こういう者です。へへっ♪」 セーラー服の少女が、胸ポケットから取り出した名刺には……? 「『小嶋技研副社長 小嶋千佳』って……? ええっ! 千佳が、俺の上司?」 「うん、そういうこと。卓造君、頼りにしているぞ……なんて♪」 卓造の眉がピクピクと痙攣した。 嬉しいけど、なんとなくゾッとして。 世の中とは、生き馬の目を抜くほど厳しいモノだと思っていたのだが…… ピュウゥゥッッ……! その時だった。一陣の風が渦を巻くようにして吹き付けてきた。 「キャアァッ! やだぁ、ちょっと……」 卓造の隣で、濃紺のスカートがふわりと持ち上がる。 健康的な太股が露出して、その付け根に貼り付いた逆三角形の薄い布切れも。 「おっ、春一番かな。それにしても女子高生のパンティは、やっぱり白に限るね」 「ああぁっ! 見たな卓造! 千佳のパンツ、見たでしょ? エッチ! 変態! 許 さないからね♪」 【闇色のセレナーデ 完】 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。 |