『闇色のセレナーデ』
    
                           とっきーさっきー:作
第27話 薄れゆく闇色


 「おい! 終わったなら、チカからさっさと離れろ! 次はワシが相手をする番だ
からな」
しかし愛する者どうし、身も心もひとつになれた一時を、しゃがれたオヤジ声がジャ
マをした。

 卓造の肩に緒方が手を掛け、引き剥がそうとしたのだ。
「嫌よ! わたし、こんな男になんか触られたりしないから。絶対にお断りよ!」
緒方に揺さぶられても、卓造はてこでも動かなかった。

 その上、目の前で生々しいセックスに興じた美少女が、目を吊り上げて拒絶の声を
あげる。
「なんだと、チカ! この淫売女がよくも……ええいっ、来い! こっちに、来るん
だ!」

 業を煮やした緒方は、頭に血を昇らせていた。
千佳に覆い被さる卓造の脇を潜りぬけて強引に腕を伸ばすと、直接少女の肌に触れよ
うとした。

 ビシッ!
「うぅっ! よくもぉ、こざかしいマネを!」
そして清らかな肌に触れる瞬間だった。
緒方の腕は、卓造によって払い除けられたのである。

 「くそぉっ! 離れろ! チカから離れるんだ!」
「うぐっ……んがぁっ……」
肉がひしゃげる嫌な音が、立て続けに何度も響く。
そのたびに、卓造の唇から押し殺した呻きが上がった。

 小嶋技研副社長のメンツまでもかなぐり捨てた緒方は、もはや社会人としての見境
を完全に失っていた。
力任せに、卓造の脇腹を蹴り上げていたのである。

 「ヤメテ! この人にひどいことをしないでっ! 蹴るならわたしを……キャアァ
ッ!」
今度はわたしの番だと、千佳が卓造を庇うように進み出てきた。
その少女の裸体を、殺気だった緒方が容赦なく突き倒す。
そして尚も足蹴りを続けたのである。

 数十回、いや、百回近く残酷な肉音が続いただろうか。
呼吸を荒げた緒方がようやく足を止めた。
その先には、ボロ雑巾のように痛めつけられ身動きが取れない卓造が、息も絶え絶え
になって転がっている。

 「はあ、はぁ……どうだ、思い知ったか? この三流営業マンが!」
緒方は勝ち誇ったように、捨てゼリフを吐いた。
両肩で息をしながらも血走った目を大きく見開くと、次の獲物を千佳に定めたように
首を曲げた。

 「鬼! 悪魔! アンタなんて人じゃない。近付かないで!」
まるでクモの巣に掛った美しい蝶のように、千佳はもがいていた。
女の恥じらいよりも迫りくる恐怖を優先させた肢体は、股をM字に開いたままでジリ
ジリと後退させる。

 卓造と繋がり、本当の愛を知った花弁も晒して、5ミリ……1センチと獣染みた男
から逃れようとする。
「なんだワシとセックスするのが、そんなに嫌か? マンコから汚らわしいモノを垂
れさせおって……ふんっ!」
鼻を鳴らした緒方の目が、千佳の股間に注がれる。

 その恥肉の狭間からは、ひと筋ふた筋と湧き出したように白い液体が流れ出してい
た。
卓造からもらった命がけの愛の証が……

 「お前はワシの女だ。そのマンコもワシの所有物だ。そうだ、これからはワシのザ
ーメンしか許さんからな」
「ヒィッ! キャァァッッ!」

 まるでゾンビのように、緒方の両腕が伸ばされる。
けれども、助けてくれた卓造はもういない。
千佳は、身を縮込ませて絶望の悲鳴をあげた。

 「よしましょうよ、副社長。いえ、緒方さん。もう……終わりましたよ」
その瞬間だった。
背中から聞き慣れた声が弱々しく響いて、伸ばされた腕が止まった。
カギ爪の形をさせた指先が、千佳の肌に触れる寸前でピタリと急停止したのだ。

 「なんだと……?」
当然のように、緒方は振り返っていた。
獲物を逃さないように腕を突き伸ばしたままで、首から上を捻り曲げていた。

 「だから、終わったんですよ……何もかもがね」
そんな男に向けて、振り返った先に立つ和也が投げやりな声をあげた。
らしくないほど顔を青ざめさせて、2歩、3歩とつんのめるように歩いた後、がっく
りとヒザを落としてしゃがみ込んだのだ。

 そして、その背後に立つ人物を目にした緒方は……?
「な、なぜ……アナタがここに……?!」
唸るように呟いた後、へなへなと腰を砕かせて和也の隣でひれ伏していた。

 小嶋技研代表取締役『小嶋啓治』
初老の域に差し掛かったその男が姿を現し、淫獄な世界はあっけなく終わりを告げた。

 東京へと向かう新幹線のホームで和也から急用を告げられ、小嶋は不審に感じてい
たのだ。
少なくとも血を分けた父と息子である。

 以前から薄々と感じていた奇妙なわだかまりにプラスして、平然と話しかけてくる
和也の声音にウソの匂いを嗅ぎ取っていた。
裸一貫で会社を起こした、野生の勘も働いたのかもしれない。

 その結果小嶋は、急遽東京行きの出張をキャンセルすると、和也の後を追うように
本社へと戻ってきたというわけだ。

 あられもない千佳から全てを聞かされた小嶋は、烈火のごとく激怒した。
副社長である緒方は、自己都合の形式を取らせて即日解任。
実の息子である和也に至っては、懲戒解雇の上、親子の縁まで切る厳しさである。

 もっとも、刑事告訴までしなかったのは、厳しさの中にも親子の情愛が残されてい
たのかもしれない。
あるいは、仮に事件が公になり娘の千佳への影響を慮ってのものだろうか?
更に言えば、経営者としての顔も滲ませてのことだろうか?

                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。