『時は巡りて』
    
                           とっきーさっきー:作
第15話 この身を捧げてでも……


 「どうやら四巡、これまでのようだな。どうだ。おとなしく我らにこの社を引き渡
さぬか?」

 真上から地響きのように鬼の声がする。
山門の上空を陣取った鬼の集団が、わたしたちを見下ろしている。
それと同時に、先陣を切った邪鬼たちの動きが止まる。

 「ふっ、愚かなことを」

 ふらつく足取りのまま、お父さんが空を見上げた。
その白銀の衣装は返り血に汚され、到る所を切り裂かれている。

 「がははははッ、人の子の分際で愚かとな。言いよるわい。このまま我らにひれ伏
すなら、お主らの命だけは免じてやるものを。まずは手始めに、この四百余年、我ら
を封じた封魔護持社を焼き尽くしてくれよう。いざ!」

 赤髪の鬼が、あごをしゃくり合図を送る。
それに呼応して一列に並んだ鬼の頭が口を大きく拡げた。
鋭い牙の奥に渦巻く紅蓮の炎。それを一斉射撃するように、桧皮葺の大屋根に照準を
合わせている。

 全て焼き尽くす気なんだ。
お社も神楽が寝ている母屋も。

 「待ってぇっ! 待って……ください」

 そのとき、血を吐くような女性の声がした。
鬼たちの炎が口元から放出されようとしたその瞬間、胸まではだけさせられたお母さ
んが、お父さんの前に進み出ていた。

 「お願いします。それだけは……火を掛けることだけはお許しください。そのため
なら私は……この涼風の杜の巫女である三鈴が、貴方様の申すことならなんなりと…
…如何様にもやらせてもらいます」

 「み、三鈴っ! そなた、気でも触れたか?」

 呆然とするお父さんにお母さんは哀しい目で応えていた。

 「あなた、申し訳ありません。ですが……涼風の杜の巫女として出来ることは、も
うこれしか……」

 そう呟くと、観鬼の手鏡をそっと地面に置いた。
身に着けている衣装を自ら脱ぎ去っていく。
授業参観のときでも神楽の自慢だった、きれいでスタイル抜群のお母さんが、あんな
化け物たちの前に素肌を晒すなんて……
そんなことって……それもお社のため? 
違う! 部屋で寝込んでいるわたしのために……そんな……

 シュル……シュルシュルシュル……ススッ……

 白衣が地面に拡がり、緋袴の留め紐がスルスルと解かれる。
中から現れた白襦袢の腰紐も一息に引いた。

「ううっ、あなた、見ないでください……」

はらりと肌をすべる白い布。
残されたのは、女性の象徴を守るブラジャーとショーツだけ。

 「がはははは、いいぞぉ。生娘でないのが惜しいが、これだけの美形。どんな声で
鳴くのか愉しみじゃのぉ。ぐふふふ、のぉ、羅刹」

 「ったく、同意。だが、ただ犯すだけではお主も面白くあるまい。ここはひとつ、
趣向を変えてみてはと思うのだが?」

 「ふん。羅刹、また良からぬことを思い付いたようだの。ぐふふふ、好きにすれば
よかろう。俺様は頭を使うのが苦手じゃ。お主に任せた」

 いつのまにか並んで座る2体の鬼を、胴体だけの物体が座布団のように敷き詰めら
れて支えている。
その周囲を円周に囲む、上半身だけの鬼と下半身だけの鬼。

 お父さんはというと、唇を血が滲むほど噛み締めたまま立ち尽くしている。
でも剣だけは手放していない。しっかりと握り締めたまま。

 「どうした三鈴。早う残りの下穿きも取らんか? そして、取り払ってこう言うの
じゃ。『涼風の巫女の身体、どうぞご自由に』とな。もちろんお主の道具を我らの目
に触れさせること、忘れるでないぞ」

 「ああ、はい。仰せのままに……」

 震えるお母さんの指が背中に回る。
パチンとホックの外れる音を、わたしの心が聞いた。
緩んだカップを引き剥がした後で、豊かな乳房が波打つように揺れている。

 (ケケケ……見ろよあの乳。しゃぶりつきてぇ)
(いや、餅みたいに捏ねてみてぇ)

 ざわめく鬼たちの目線を浴びながら、お母さんの指が最後の一枚に掛る。
腰に両手を当てて一気に引き下ろして、まるで脱衣場にいるようにショーツを足首か
ら抜いた。

 (クククッ……艶っぽい太ももをしている)
(年の割には随分と慎ましい毛をしていやがる)
(いや、あれは剃っているんじゃねえのか? 風呂場で剃刀当ててよぉ。ケケケケ)

 「おい、続きはどうした? 涼風の巫女はモノ覚えが悪い阿呆か。ググググ……」

 立ち姿のまま両手で大切な処を隠すお母さんに、牛頭の鬼が次の行為を急かしてく
る。
はやし立てるように取り巻く邪鬼たちも、禁句の単語を連呼する。

 もういい! お母さん、もういいから!

 わたしは耐えられなくなって、お母さんの前に立ち塞がっていた。
見えない透通る身体で残酷な鬼たちを睨みつけていた。

 「神楽、あなただけは守る。どんなことがあっても守ってみせる」

 それなのに……
まるでわたしが見えるかのように、お母さんは小さく小さく呟いた。
そして、わたしの方に笑い掛けると、そのまま空を見上げた。
上空に浮かぶ鬼をキッと睨んで、稟とした声で唇を開いていた。

 「涼風の巫女の身体、どうぞご自由に」と……

                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。