『時は巡りて』
    
                           とっきーさっきー:作

第10話 春夏秋冬家 第二十四代当主 四巡


 観音開きの扉から姿を現したのは、古の衣装を身に纏った長身の男。
白銀色の絹で織られた袍(ほう)と呼ばれる上衣に、紫紋入りの紫袴。
腰帯には漆黒の鞘に納められた長さ1メートル近い直刀。
そして、袴と鞘に染め抜かれた春夏秋冬(ひととせ)家の家紋『丸に違い譲り葉』

 「ほおぅ、小生をご存じとは……いかにも、我が名は四巡。春夏秋冬家、第二十四
代当主にして、通り名を輪廻の霊媒術師。言うなれば、お主のような存在を『浄化』
し『転生』さすのが我が一族が代々果たさん使命」

 (小娘ッ、お前も春夏秋冬家の……?! くぅぅぅッッ、卑劣なぁッ!)

 彼女はお父さんとの間合いを保ちながら、壁伝いに入り口付近へと移動していく。
そして、実体化した身体を昇華し気体に変化させると、一気に扉に向かって飛んだ。

 この人から逃れようとしたって無駄なのに……

 バシッバシッ、ビシィッッ……!

 (んんガガガッッッ! ヒグゥゥゥッッ?!)

 邪気の塊がドアに触れた途端、青白い光がスパークするように部屋を覆う。
そのツケを払うように響く、獣と化した彼女の叫び声。
『定鬼結界の護符』
そう、この部屋からは一歩も逃げられない。
この世のモノではない、鬼はね。

 わたしは彼のモノをそっと引き抜くと、淳二の頬に手を添えた。
万が一に備えて観鬼の手鏡も手元に寄せた。

 「あなたには見えないかもしれない。聞こえないかもしれない。でも、顔を上げて。
心に感じて。大切な人の面影を……」

 戦いはまだ続いている。

 「我が春夏秋冬家の札味、如何かな? 怨鬼殿」

 憐みよりも嘲笑じみた呼び掛け。
それが、この霊媒術師の実力を表し、彼女にとって勝ち目がないことを諭している。

 (ヒャァァアアッ! こんな筈は……?! あ奴は妾の思うがままだと……)

 「ふっ、哀れな……さては、三途の渡し番、虚実夜叉にでも唆かされ申したか? 
『現世に未練あるならば速やかに戻られよ。我も力添えしてしんぜようぞ』とな」

 (キィィィィッッ! ならば……せめてお前をッ! 死ねいッ四巡ッ!!)

 焼け爛れて四散した邪気が四巡と対峙するように集約していく。
命を失ったその時を再現した上半身。
……違う。憎悪の鮮血に染まった鬼の心を持つ彼女が、人の心を忘れて吠えた。

 「往生際の悪いことよ」

 四巡の右手が、流れるように刀の柄を掴む。
寸分の狂いもない、鞘をこするメロディー。
薄闇に白く輝く直刀の魔剣。『隠滅顕救の剣』(おんめつけんきゅうのつるぎ)

 (そのような鈍刀、妾の敵など……?! うっうぅっ、動かぬ! か、身体が……
?)

 5本の指から伸びる鉤爪が虚しく空を切る。
血走った眼を大きく見開いたまま、宙に浮かんだ鬼女の身体が金縛り状態にされる。

 鋭角の切っ先を下に向けて、床に突き立てられた剣。
『定鬼影縫い』

 春夏秋冬家に代々引き継がれた剣の秘めた力と、それと融合する四巡の霊力。
そして、柄を掴む両指が『浄化』の印を結ぶ。

 「隠は滅し、顕れたるもの救われん。即ち、隠とは『鬼』であり『怨念』穢れし衣
なり。春夏秋冬四巡、役命によりお主が纏うもの貰い受ける」

 低く囁くように詠唱される四巡の詩声。
その声が終わりを告げると同時に、部屋を構成する大気が震えた。
断末魔の悲鳴と共に、鬼女の身体が歪み引き伸ばされていく。
穢れた皮膚がバリバリと音を立てて、亀裂が生まれる。

 (ヒギィィィッッ! わ、妾の身体がぁッ……ウグゥゥゥッッ、身体がぁッ……阿
傍さまぁっ、ら、羅刹さまぁッ! お、おたすけ……フグゥッ)

 「な?! 阿傍……羅刹とな!」

 四巡が低く呻き、息絶えた鬼女の身体は内部から崩壊を始める。

 「いやだ! こわい……こわいよぉ!」

 「淳二さん、しっかり。逃げてはダメ!」

 ベッドの上でわたしは、子犬のように震える淳二を抱いた。
目には見えない。耳にも届かない。
でも、肌で感じる不愉快なざわつきと砕かれそうな心に、大切な人の叫び声を聞いて
……
苦しくて哀しいのに、自分にはどうすることも出来なくて……

 隠滅顕救の剣が、青白い光に包まれる。
怨嗟の鎖が断ち切られて、分解されていく邪気。
それをエネルギー源にして、薄闇の部屋も青白い世界へと変化している。

 四巡が『浄化』の印を解く。
間を空けることなく『転生』の印を結ぶ。

 「浄刹に鎮座し神々よ。穢れ払いしこのものに転生の衣を与えん。転生の翼を与え
ん。ここに、春夏秋冬四巡の名において欲す。隠滅顕救……輪廻転生……」

 指を伸ばしては折り曲げ、現われては消える印を切りながら、四巡の詠唱は続く。
やがて、その声が途切れた時、光り輝く剣は天を突くかのように高々と掲げられた。

 そして……

 シュィンッッッ!!

 部屋の中を光が走り、風の音が追い掛けていく。
見えない闇を切り裂くように、魔剣は四巡の手により真下へと振り下ろされていた。

 「出でよっ! 忘れゆく名を持つものよ。我の力にて今しばらくの時を稼がん」

 ありがとう、お父さん。


                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。