『時は巡りて』
    
                           とっきーさっきー:作
第3話 春夏秋冬家 お側方霊媒術師 狛獅子 守


 強引に押さえ付けられて縮んだ背丈のまま、首を左右に振った。
抵抗しながらついでに、お父さんを……守を……あんたたちになんか絶対に負けない
霊媒術師を……
探した。情けないけど、ちょっとだけ焦って黒眼を何度も往復させた。

……そして……本気でそして?!
……いた! 見つけた!

卯の方位から放たれた矢のように近づく黒い影。
子の方位で不動不変の星、北極星を背にして立つ白銀のシルエット。

「う、うぅぅっ……お父さん……守……」

(ぐふふふっ、さあ、小娘のおま○この味を試させてもらうぜ)

でも間に合わないかも……
だって、涎を垂らした先端が……!

ぶちゅぅッッ!!

「ひぃぃぃぃっっっ! イヤァァッッ!!」

おぞましい感触が下腹部を襲った。同時に……!

ビュンッッ!! ……シュゥゥッッ!

(グギャァァァッッ! う、腕がぁぁッッ!)

断末魔の悲鳴とともに、両肩が急に軽くなる。
鼻を包む生臭い匂いが、焦げ臭い匂いに変わった。
わたしは肩に貼り付く肉片を払いのけると、思いっきり地面を蹴った。

「エイッ!」

何が起きたか分からずに足首の束縛が緩んだ一瞬。
その隙を突いて、後方へとジャンプする。

腕と手首が切り離され、ぽたりと地面に落ちるおぞましい肉塊。
大気を切り裂き、弧を描きながら飛翔する対の鯨扇『鬼裂の聖扇』

「そこまでです! 鬼と化した亡者どもよ」

(な、なんだぁ? 小僧、舐めたマネをっ……?!)

既に邪気と化した2体と、宙に舞い上がる両腕。
それに、虚しく空を向いたまま浮かんでいる肉の棒。
そのモノたちから発した声が、黒い影に降り掛かる。

「もう守ったら、遅いよ。もしもの時は、すぐに飛んで来るって言ってたじゃない」

「申し訳ございません、神楽様。で、お怪我は……?」

「……ある。わたしの大切な処に、あんな穢れたのがひっついちゃったんだよ。ぶち
ゅぅっ! って……というか……あんまりこっちを見ないでよ。恥ずかしいでしょ」

慌てて胸と下腹部を隠した。
わたしを思う人に今の神楽を見て欲しくはなくて……
目の前に漂う鬼に集中して欲しくて……

わたしは、わたしをガードするように立つ幅広の背中を見つめた。
物心がついた時から側に控えていて、優しいお兄さんで、それにとっても格好いいお
兄さんで……
気が付けばわたし……あなたのことを……

(ううっ、だ、誰だ?! てめえは……?)

「別に名乗るほどの者ではありません。あなたたち亡者にはね。ふっ、ですが今夜は
特別に教えてあげましょう。大切な人を可愛がっていただいたお礼と断罪・浄化前の
最後の思い出として……
我は『春夏秋冬家 お側方霊術師 狛獅子 守(こまじし まもる)』鬼と化した亡
者共を浄化せしめんがため、いざっ、参るッ!」

ビュンッッ!!

漆黒の闇と同化した着物の裾が僅かにはためいた。
同時に放たれる、対の扇。
表面は無地の黒、裏面は同じく無地の白。
光と闇、現世とあの世。
表裏一体を表すこの扇もまた、わたしが手にしている『観鬼の手鏡』と同じ、春夏秋
冬家の宝器『鬼裂の聖扇』

(おのれぇッ、こんな扇など……!)

直線的に進む扇の軌道を測ったように、残る2体のモノが飛んだ。
空中高くに浮遊して、鬼裂の聖扇をかわしたかのように見えた。

でも、可哀そう。守の扇からは逃げられっこないのに……

「はあッ!」

守の気合いの声と共に、地面と平行に走る扇が向きを変える。
夜空を切り裂くように垂直方向に軌道を変えて、宙に浮かぶ腕が切断される。
更に上空へと逃れようとする肉の棒が、根元から先端まで一刀両断される。

(そんな……ぐぎゃぁぁぁぁっっっっ!)

再び起きる断末魔の悲鳴。
バラバラにされた肉片が元の邪気の渦となって、残る2体と連れだち卯の方位へと逃
げていく。

「無駄ですよ。その方位には、神楽様の指示通りに結界を張っております。亡者の逃
げ道は、卯の方位と子の方位。これは黄泉の国の掟。よく判断なさいましたね。神楽
様」

「ま、まあ~。それほどにも……あるわね♪」

わたしと守が顔を見合わせたその時、バチバチという電気がスパークする音と、3度
目の断末魔が闇夜にコダマした。
焼けただれて半分ほどの体積になった邪気が、腐肉の匂いを捲き散らせて子の方位、
北へと逃れていく。

「あとはスタンバっているお父さんにお任せね」

わたしと守は北極星を見つめた。
そして、一筋の青白い光が帯となって夜空を照らした。

「ふ~ぅ。終わったわね」

「ええ、すべて片付きました」

守がわたしの顔を見つめて、その視線を下へと移動させる。

「も、もうっ! 見ないでよっ、守のエッチッ! スケベッ! ついでに変態ッ!」

わたしは衣装を引っかけた鉄のポールを目指して駆け出した。
方位はもちろん午、南の方角。
だって神楽は生者だもん。
まだまだ、あの世とは縁がないからね♪


                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。