『歩道橋の下で』

                            とっきーさっきー:作
第1話 見上げればパンティー

 「おはようございます、重蔵さん。今日もよろしく」
「ん? ああ、おはよう。それにしても、今朝はやけに早いじゃねえか」
「ええ、まあ……」

 薄汚れた男の問いに曖昧に頷くと、俺は財布の中から千円札を3枚取り出した。
「少ないですが何かの足しにでもしてください」
「いやぁ、いつもすまないねぇ。ありがたい、ありがたい」
男は指を滑らせ素早く枚数を数えると、それを頭の上に掲げて恭しく礼を述べる。
その横を足早な靴音が何組も通り過ぎていく。

 ここは国道に掛る歩道橋の下。
目と鼻の先には山手線の主要駅があり、一流企業の本社ビル・国立大学・有名私立高
校等々、時間帯によってはサラリーマンから学生まで途切れることのない人の波を拝
めるポイントである。

 俺は腕時計に目をやった。
時刻は午前7時30分。まだ、本格的な通勤ラッシュには間がある。
だが、ターゲットに相応しい獲物は続々と通過している。

 「それじゃあ、すまないねぇ。重蔵さん」
そう言いながら俺は、中身がこぼれかかったマットレスに座った。
もちろん隣には、梅雨入り間近だというのに、色落ちしたジャンパーを羽織った男が
一緒だ。

 ぷーんとすえた匂いが鼻をつく。
だがそんな匂い、鈍感な鼻はすぐに忘れてくれる。
だいいち、俺も人のことは言えない。
この場所へ来る以上、それなりのファッションというものがあるのだから。

 「おっ、ターゲット発見!」
俺は歩道橋に近づくひとりの女性に目をつけた。
急いで準備に取り掛かる。
デジカメを仕込ませた古新聞の束。
片手でひろげた1か月遅れの雑誌の内側には、電源の入ったスマートフォン。
それをつなぐ赤外線方式のリモコンシステム。

 「がんばりな、兄さん。ただし、慎重にな」
重蔵さんは俺の方を向いてニヤリと笑うと、いつものようにほころびた毛布に包まっ
た。
その瞬間からいびきを掻いている。

 一見、ただの歩道橋。
そんな所へ通い始めて、もう3か月になる。
始めは半月に一回のペース。それが今では週一で通い詰めるようになっていた。
無能な上司。頭打ちの出世。子供のいない冷え切った夫婦仲。
そんなやるせない日常を忘れさせてくれる空間がここには広がっている。

 「よし。準備OKだ」
俺は機材の最終チェックを済ませると、暗い鉄の天井に覗く細長い光の帯を見上げた。
そう。ここの階段は、設計上の不手際でもあったのか、一か所だけ下から十分覗ける
ほど隙間がひらいている所がある。
たまたま得意先回りをしている時に、それに気が付き閃いたってわけだ。

 抑え込んでいた性的欲求が満たされるかもしれないと……
爆発しそうなストレスを発散できそうだと……

 それにしても……うーん、朝一にしてはいい獲物だ。
黒髪を後ろで束ねて水色の制服に身を包んだ、どこかのOLだろう。
年齢は20代後半。ちょっと澄ました顔をしているがかなりの美人だ。
直線を辿るようにやや内側に踏み出すハイヒールに、ひざ丈のスカートがよじれてい
る。

 その下から覗く素足は、乳臭いガキの大根足とは違う。成熟した艶めかしさに包ま
れていた。
やがて、カツカツと階段を上るハイヒールの音が、鉄骨造りの屋根から降り注いでく
る。

 「1・2・3・4……」
獲物が12段目を上り切り、踊り場から次の段へと足を掛けたその時!
今だ!!
俺は心の中で叫んでいた。
指が液晶に浮かぶボタンを押した。

 レンズが光る。連射する無音のシャッター音。
そして、獲物は何事もなかったように遠ざかっていく。
俺は、答え合わせをするようにスマートフォンを覗き込んだ。
ふふっ、サテン地の黒か。それも結構ケツの方まで喰い込んでいやがる。
仕事をするだけにしては、随分と色気ムンムンのセクシーパンティーじゃねえか。
ふふふっお嬢さん、今夜は彼氏に抱かれるつもりかぁ? 

 「おっ、またまたターゲット発見!」
俺は撮影した画像をまぶた保存すると、すぐに消去した。
そして階段に響く足音を待ち構えた。
若いのに柔らかそうな腰つき、それでいて責任感の強そうなキリッとした眼差し。
今度の獲物の職業はたぶんナースだろう。
俺の勘はこれでも鋭いんだぜ。

「1・2・3・4……」

 今だ!! ボタンを押す。
コンマ何秒の世界。それを新聞から顔を覗かせたレンズが確実に仕留めていく。
かわいそうに……なにも気付かずに遠ざかっていく獲物。

 どれどれ……
やっぱり、清純そうなナースには白が似合っているね。
太ももに貼り付いた肌色のストッキングに浮き上がる白いパンティー。
ちょっと野暮ったいが、お尻にピッタリとフィットしているのにそそられるねえ。

 そして滞在すること1時間。
これまでに10人ほど物色して俺は撤収を決めた。
「重蔵さん、邪魔したね」
「おうよ、ありがとうよ。ですが旦那……」

 男がしゃべろうとする続きの言葉を俺は手で制した。
そのまま、近くの公衆トイレに向かう。
スーツに着替えて出社するためだ。
今の時間なら、軽い遅刻で上司のお小言も大したことはないだろう。

 『旦那、悪い遊びは程々になさってはどうですかい?ここ最近、ポリの目も厳しく
なっているようですし、こんなことで堅気の身分を失っちゃあ人生大ナシですぜ』

 分かってるって重蔵さん。あんたの言いたいことは……


                   

警告文

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