『陽だまりの座席から愛を込めて』
    
                          とっきーさっきー:作
第5話



それから1週間、わたしはエッチなことから目を背けていた。
オナニーだってしていない。

悶々とした気分で真っ暗な天井を見つめて朝が来て、窓際の席で胸をキュンと絞め付
けたまま、太股のお肌をモジモジさせて。
指が大切な処へ這いだすと、『ダメよ』って睨んでから、ギュッと抓ってみたりする。



「バイバイ、また明日ね~♪」

隣の席から聞こえてくる代わり映えのしない挨拶。
わたしはニコッと微笑んで手を上げた。
でもその子は、こっちを見ることもなく背中を向けると教室を後にする。

1人減って、2人減って、ざわついていた教室の空気が希薄になっていく。
そしてわたしはチラリと横目で、その人がカバンを持つのを見つめた。
柔らかい物腰で立ち上がり、教室の後ろの扉から姿を消すのを、そばだてた両耳で追
い掛けていた。

清々しい青空が色褪せていく。
美しいというより、物悲しさに包まれた空を窓越しに見上げて、わたしはゆっくりと
首を振った。
たった1人だけ置いてけぼりにされた感を充分に確認すると、固い仕草で椅子を引き
立ち上がる。

落ち着くのよ。絶対に焦っちゃだめよ。

こんな型通りのアドバイスなんて、何の役にも立たないと思う。
それでもわたしは、高鳴るハートの鼓動に向けて胸をポンポンと叩くと、一点を見つ
めた。
無人になった教室で、上靴を滑らせながらあの席へと向かった。

「今日は4時間目に音楽の授業があったし、大丈夫、きっと有るわよ」

緊張を解こうと声にしたものの、漏らしたそれは掠れていた。
見下ろした机も、ぐにゃりと歪んでいる。
椅子だって一緒。

だけど、こんな処に突っ立っているわけにはいかない。
まずはしゃがまないと。

目線がゆっくりと下って、わたしはその人の机の中を覗いていた。
大きく見開いた黒目を、右から左へ……
左からも右へと走らせて……

そして、見付けた!

安堵して、ホッと胸を撫で下ろして。
数秒もしないうちに、体内を流れる血液を沸騰させるように熱くして……

目的としていたアイテムを震える指で掴み、静かに引き抜いていく。
壊れモノを扱うように、そっと机の上に置いた。

「ふぅっ、良かった……」

声が勝手に漏れている。
やっぱり掠れている。

わたしは縦長な合成皮革のケースに目を落としていた。
痛いくらいに高鳴る胸に左手を当てると、目線はそのままに右手だけでそのケースを
開ける。

さっきまで役立たずなほど強張って指先が、今は驚くほど軽やかに動いてくれた。
易々とプラスチック製の細長い楽器を抜き出して、ケースの隣に並べ置いている。

ゴク……ゴク……

呑み下すのを忘れていた唾液を、まとめて喉奥に流し込んでいた。
マブタを限界にまで押し上げて、黒とクリーム色で2色刷りされたその楽器、アルト
リコーダーを、息を荒げながら見つめていた。

5分、10分と固まっていたのかもしれない。
淡いオレンジの光に照らされて、黒い女の子の影が教室の壁に伸びていき、首を小さ
く振った。
わたしも、その影も。

そして、机の上に鎮座するリコーダーを監視しながら、わたしは制服の上着を脱いで
いく。
素肌を晒すのも構わずに慌ただしく剥ぎ取ると、雑に畳んでその人の椅子に置いた。

「はあっ」とやるせない溜息も吐いた。

スレンダーって表現がぴったりなバストに、一応だけどブラはまだ着けている。
花柄に刺繍もあしらわれた新品なブラカップを、わたしは今日のために選んだ。
その人にも見てもらいたくて、暫くの間、胸を反らせるように突き出して披露する。

わたしの影が、また成長していた。
スレンダーな身体を強調させるように、盛り上げた膨らみも真っ平らに引き伸ばして
いく。

「おっぱいも、見せるね」

これ以上薄皮を剥いでどうするの?
床から壁へと折れ曲がって見下ろす黒影が、皮肉っぽく囁いてくる。

カチッ……スル、スル……

プルンと弾けて欲しい乳房のお肉は、ツンと尖って固く張り詰めていた。
揺すったって、ジャンプしたって、歪んでもくれない。

それでもわたしは澄まし顔を作る。
大人の女を真似て優雅な手付きで、ブラのストラップを肩から滑らせて脱がせる。
ほんのり温かくて、いつまでも触れていたいそれを、わたしそっくりな影に向けて投
げ落としていた。

「あぁ、んんっ……」

漏らした声は、掠れていて恥じらっていた。

上半身だけ裸になったわたし。
このままスカートにも手を伸ばし掛けて止めにする。
一気に脱いでしまえば、とっても自然な流れで裸になれるのに、なぜか右手がスカー
トのポケットに……

「うふ♪ これ、買っちゃった」

舌先を覗かせて、新しい洋服でも手に入れたように女の子の笑いを作った。
手のひらの四分の一でも収まりそうな、赤いハートマークがプリントされた小さな正
方形の包み紙をヒラヒラさせて、これは何でしょう?と言うように、腕を机に向けて
突き出してみる。

薄くて、軽くて、銀色をしたパッケージをしていて。
これじゃ分からないよねって、開封用のギザギザをした先端をビリっと裂いて中のモ
ノを指先で摘まんだ。

               
       
  この作品は、「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。