『加奈子 悪夢の証書』
 
                 Shyrock:作
第1話


 仏壇の前で手を合わせ黙祷する一人の女性がいた。
色白で息を呑むほどの美貌を携えていたが、表情はどこかしら暗く憂い
を滲ませていた。

 (あなた、どうして私を1人残して死んでしまったの?しくしく……)

 女は六車(むぐるま)加奈子と言う。
二カ月前、夫信一は白血病が元で37歳で早逝し、加奈子はまだ32歳
と言う若さで未亡人となってしまった。

 愛する夫との間にせめて一人だけでも子供を授かっていたらと、今更
ながらに悔やんでみたが今となっては後の祭りであった。

 信一は小さいながらも宝飾関係の会社を営んでいたが、ここ3年ほど
は不況の煽りを受け営業不振に陥っていた。
葬儀以降、加奈子のもとへ会社役員が相談に訪れたこともあり、リーダ
ーを失った企業の戸惑いを露呈していた。

 そんな中、四十九日の法要も無事に終えた加奈子は亡き夫に祈ってい
た。
(あなたの作った会社、どうすればいいの?重役が相談にくるけど私に
はどう返事すればよいか分からない。ねえ、教えて…信一さん……)

 いくら問いかけても、答えなど返ってくるはずがない。
仏間には線香が立ち込め、凛とした静寂が空間を支配した。

 その時、玄関のチャイムが鳴り訪問者を告げた。
「あら、誰かしら……?」

 加奈子は廊下に出て、監視カメラのモニターを覗いた。
生前、信一が加奈子の安全を配慮して取り付けてくれたホームセキュリ
ティの1つであった。

 玄関先にはスーツ姿の二人の男性が映し出された。
見知らぬ顔である。
一人は50歳ぐらいの恰幅のよい男性で、もう一人は背が高くほっそり
とした20歳代の男性であった。

 「ごめんください」
「はい、どちら様でしょうか?」
「はい、私はアクハラ商事代表取締役の阿久原と言いますねん。ちょっ
と奥さんにお話があって参りました」
「アクハラ商事さん…?」

 初めて耳にする社名であった。
訪問者は、主人ではなく自分に話があると言っている。
それに阿久原という男はかなりの関西弁だが、加奈子には関西人で馴
染みの人間はいなかった。

 加奈子は怪訝に思った。
「あのぅ、失礼ですが、どのようなご用向きで?」
「そや、それを先に言わんとあきまへんでしたなあ。すんまへん、実は、
ご主人の六車さんが生前、当社と金銭の取引がありましてぇ。そのこと
で奥さんにお話せなあかんことがあっておじゃました次第です」

 信一の契約相手先と聞き、加奈子はやむを得ずドアを開けることにし
た。
(取引のことであれば会社の方へ行ってくれたらいいのに。まあ、仕方
ないか、一応、話だけでも聞いてみよう)

 「この度はご愁傷さまです。ご主人さまはまだお若いのに惜しいこと
しはりましたなぁ。お力落としのないように」
「どうもありがとうございます…。どうぞお入りください」

 阿久原は玄関に入るとすぐに弔辞を述べたので、加奈子も丁重に挨拶
を返し、応接間へと案内した。