『もえもえ おいしい話』
 
                    Shyrock:作

第12話「駅前の夢」

 まさか事務所内にシャワーまで設置されているとは。
もえもえは苦笑した。
(シャワーば浴びないかんようなこつば、他でもしと~ちゅうこつか……)
今日この会社の体質を垣間見たような気がした。

 シャワーの湯が心地よい。
湯を浴びているうちに頭の中のもやもやが晴れていくような気がする。
シャワーから出て衣服を着たもえもえに、中村社長が少し厚みのある封筒を差し出し
た。

 「草木さん、ご苦労さまでした。取り合えず出演料の三十万円です」
もえもえは受理をためらった。
ギャラを受け取れば、動画配信されても一切文句は言えないだろう。
はたしてそれでよいのだろうか。

 受理を渋るもえもえに中村社長が語りかけた。
「三十万円では不足ですか? 今後のビデオの売上次第では臨時ボーナスを弾みます
よ。だから今回はこれで了解してもらえませんか?」
中村社長は、もえもえが金額に不満をいだいていると思っているようだ。

 「いいえ、そうじゃないんです」
「と言うと?」
「そのお金、受け取れません」
「な、なんだって!? そんな、いまさら……」
「お金は要りません。だから動画は配信しないでください。お願いします」

 もえもえは中村社長に深々と頭を下げて詫びた。
「そんなあ……せっかくあれほど大胆に演技をしてくれたのに……惜しいとは思わな
いのかね?」
「いいんです。私にとってとても良い経験をさせていただきましたし」

 「そこまで言うならやむを得ないけど。当社もこの業界では名前の通った会社だか
ら、契約を盾にごり押しをしたりはしないけど……あなたほどの人なので、とにかく
惜しいよ」
「本当にすみません」

 「仕方ないよ。でももし気が変わったら連絡をしてきてね。収録した動画は当分当
社で大事に保管しておきます。あなたの了解がなければ配信しないので安心してね」
「ありがとうございます。お騒がせしてすみませんでした。それじゃ失礼します」

 頭を下げて事務所を後にしようとしたもえもえを、一人の男性が追いかけてきた。
「草木さ~ん!」
振り返ってみると、男優の車山であった。

 「何ですか? 私にまだ何か用ですか?」
「いや、用と言うか何と言うか……」
「はあ?」
「いや、僕は男優として今、君とエッチをした訳なんだけどね」

 「……」
「君とすごく相性が良かったんだ」
「え? 相性って身体の?」
「うん、そうだよ」
「ふうん……」
「それとね、君のことを好きになってしまったんだ」

 「え? 私を好きになったの?」
「うん、一目惚れしたんだ」
「そうなんですか……それで何か……?」
「うん、ズバリ言うけど、仕事を離れて僕と付合ってくれないかなあ?」

 「ええ!? 車山さんと? 付合う?」
「うん、AVの男優じゃダメかな?」
「そんなこと急に言われても……」
「どうだろう、ダメ?」

 「正直言って車山さんはかなりタイプです」
「え~!? そうなの? そりゃ嬉しいね~、ありがとう! それじゃ」
「ちょっと待って。でも」
「でも?」

 「でも、あなたがAVの男優さんである以上はやっぱり嫌です」
「あぁ、やっぱりそうか……」
車山はガックリと肩を落とした。

 「ごめんなさいね。でもね、いくら仕事といってもいろいろな女性とエッチするの
は、私、やっぱり耐えられないです」
「うん、分かります……まあ、仕方ないか。ははは~、それじゃもう会うこともない
だろうけど、元気でね」

 「ありがとう。車山さんもがんばってね」
「ありがとう。じゃあね~」
もえもえは再び大通りに向かって歩き始めた。

 「三十万円かあ。ちょっと惜しかったな~。ばってんうまか話ってやっぱり絶対な
にかあるよね~」
この先の人生で二度と体験することはおそらくないだろう、さきほどの数時間の出来
事。
 
 淫らな情景がもえもえの脳裏を駆けめぐった。
「あぁん、ばってんあん車山って人、上手かったなぁ。あは、思い出すと濡れて来そ
うばい~」

 駅前にたどり着いたもえもえに、派手な茶髪の男性がノベルティのティッシュペー
パーを差し出した。
「あのぅ、すみませんが」

 もえもえはティッシュペーパーを受け取らず男性の顔も見ないまま、駅の構内へと
向かっていった。




                  

   この作品は「愛と官能の美学
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