『もえもえ おいしい話』 Shyrock:作 第1話「スカウト」 「もうすぐ夏休みだ! 今年こそ海外旅行に行くぞ~! しっかりバイトしてお金 ば貯めな。なんバイトばしようかな?」 もえもえは大学の帰りに書店に寄ってバイト情報誌を買うことにした。 「う~ん、よかバイトなかね? どこも給料がイマイチばい。家に帰ってからゆっ くり見ろ~っと」 情報誌を買って、駅前に差掛かった時、チラシを配っているスーツ姿の若い男性とす れ違った。 もえもえがそのまま通り過ぎようとすると、何気に男性が呼び止めてきた。 「あの、すみません」 (げっ? 外見からしてもやけどホスト? 用がなかや……) 男性の外見から推測して自分には用がないと感じたもえもえは、無視してそのまま 通り過ぎようとした。 「すみません!ちょっとだけでいいんです。話を聞いていただけませんか?」 男性はかなりもえもえに執着しているようだ。 駅前でもあり人通りが多く、若い女性なら他にもいっぱい通行していると言うのに。 (なして? なしてうちにこだわると? こん人……) 「私、忙しいんですけど……」 「お急ぎのところ申し訳ありません。そんなに時間を取らせませんので」 もえもえは振り返って男性を見つめた。 どこの駅前にもよくいるような、茶髪でロン毛、人工的な日焼け、ダークスーツと濃 い色のシャツ。 顔はそれなりに美形であり外見から察してホストと思われる。 (ホスト? うちには全然、用がなかっちゃけど……) もえもえは訝しげに思いながらも、すぐに立ち去るのも愛想がないと思い、一応話 だけは聞くことにした。 男性は名刺入れから名刺を取り出しもえもえに渡した。 「あのぅ、僕はこういう者なんです」 名刺には次のように書かれていた。 『株式会社ビューロー企画 主任 横山伸治』 「で、私にどんな用ですか?」 「はい、実はあなたが女優の『加藤山あい』さんと大変似ておられるので、声を掛け させてもらったんです」 「ええっ? 私が? 女優の『加藤山あい』と似てるって? そんなこと言われた のは初めてだなあ」 「はい、よく見ると部分部分は少し違うようですが、全体的な雰囲気がかなり似てお られるように思います」 「そうかなぁ……。それで似てたらどうって言うの?」 「はい、実は我々はVシネマのプロモートを担当しておりまして、今度、有名女優さ んのそっくりさんばかりを集めて作品を作ろうと考えているんです」 「へえ、そっくりさんばかりをね~」 「はい。で、このように街頭に立ってそっくりさんを探しているという訳なんです。 そこへあなたが通りかかった」 「でも私なんかにできるのかなあ……。以前、放送部やってたから少しくらいはお 喋りは自信あるけど、と言っても素人だしなぁ」 「いえいえ、そんな心配はご無用です。こんなこと言っちゃなんですが、最初ですか らセリフはほんのわずかですし、撮影前に何度か練習もやっていただきますので。そ れから出演料ですが、できる限り沢山お支払いしたいと思ってます」 「え~!? 出演料をたくさん? わあ、魅力的な話だな~」 「今は具体的に金額は言えませんが、期待に応えられるようがんばりたいと思ってま す」 「ふむふむ、ちょっと考えてみようかなあ」 男性は更にもえもえの心をときめかせるような言葉を続けた。 「今回出演していただいたあと、ディレクターなどスタッフの評価が高ければ、二作 目以降もご出演できるよう手はずを整えますし、本格的な女優業へのステップになる かも知れませんね。まあ、その辺はその人の今後の努力次第と言えるでしょうけど」 「ふ~ん、そうなんだぁ、女優かあ。すごくいいお話だけどやっぱり私にはちょっ と荷が重いんじゃないかなあ……」 「いえいえ、荷が重いなんてことは決してないと思いますよ。僕もプロですから人 を見抜く目は持ってるつもりです。あなたならきっとやってくれる、それだけの素養 を持った人だ、と僕は直感的に感じたんです。また、それだけの優れた容姿をお持ち なんですから、最大限にご自分を活かさなければ損だと思うんです。夢に向かってチ ャレンジするのも悪くはないと思いますよ」 「優れた容姿? そうかなあ、でもそう言ってもらえると嬉しいなあ。夢に向かっ てチャレンジか……。まあ、ちょっと考えさせてください」 「ええ、結構ですよ。でも今月末で締切りしますので、できるだけ早めにご返事くだ さいね。事務所は天神の……」 ◇◇◇ もえもえは就寝前、バイト情報誌をめくりながら、ふと駅前で勧誘をしてきた男性 の言葉を思い出していた。 「う~ん、平凡にコツコツ稼ぐんも悪うはなかばってん、Vシネマに出るんも魅力 的だなあ。大学卒業後、企業とかに就職したらもうこぎゃんチャンスは巡って来なか やろうし、在学中ん今やけん思い切ったことにチャレンジするんもよかかも。よし、 明日電話しよう」 この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました |