『惠 淫花のしたたり』
 
                    Shyrock:作
第1話

 惠は目前の植物に驚愕の色を隠しきれなかった。

 「うわぁ、本当に人間の顔みたい・・・」
「だろう?花びらの折り重なりが偶然そのように見えるんだけど、まさに人面花と言
えるね。恐いかね?」

 「ええ、少し。でも神秘的だしどこか惹かれるものもありますわ。教授、この花何
と言う名前なんですか?」
「学術上まだ目新しくて名前はついていないんだ。一応我々は『植物X』と呼ぶこと
にしたんだけどね」

 「そうなんですか。これほど目覚しく科学が進歩した現在でも、まだまだ未知の植
物ってあるのですね」
「植物に限らず、地球上にはまだまだ僕たちの知らないものがいっぱいあるんだよ」
「それを1つでも発見できたら感動ものですね」

 「ははははは~、全くそのとおりだよ。さて、私はぼちぼち研究室に戻るよ。君は
どうする?」
「私はもう少しここで植物鑑賞を続けてます」

 「熱心だね。とてもいいことだ。あ、そうそう、念のために言っておくけど、この
『植物X』には触れないようにね。一応検疫はしたけど、まだどんな作用があるか詳
しく調べていないから」
「はい、教授。分かりました」
「じゃあね」
「はい、失礼します」

 まもなく山田教授は温室から出て行った。
1人残った惠は『植物X』を食い入るように見つめていた。

 現在、惠(回生)が在籍している生物理工学部では、南米アマゾン流域にまで研究
チームが出向き調査を行い、先週、帰国したばかりであった。
その際、チームが持ち帰った世にも珍しい花が『植物X』であった。『植物X』は帰
国後すぐに大学の温室に保管された。

 『植物X』は高さが2メートルほどで、幹の周囲には長細い葉が茂り、中央には大
きな花が咲いていた。花の外輪には色鮮やかなピンク色の花びらをつけ、内側はベー
ジュ色でまるで人間の顔のような模様があった。強いて似通った花と言えばヒマワリ
があげられるが、花びらが黄色のヒマワリとは全く異なっていた。

 「不思議な花だわ。見れば見るほど人の顔に見えてくる。しかもどこか物悲しいよ
うな表情で・・・。どちらかと言うと女性かな・・・?」
瞼らしきものがあり、鼻らしきものがあり、口のようなものまである。
惠は見ているうちに少し気持ちが悪くなり温室を後にした。

 それから3日後のこと。

 「クロ~。そっちに行っちゃだめだって~!」
1人の女子学生が黒猫を追いかけていた。
最近校内に住み着いた野良猫で、猫好きな学生たちが餌を与え密かに飼育をしていた。
猫は何を思ったのか、ひたすら温室の方へと駆けて行った。

 誰かが閉め忘れたのだろうか、普段なら閉まっている温室の扉が運悪く開いていた。
そのため猫は扉の隙間から中へと飛び込んでしまった。
「もう~、温室に入っちゃダメだって言ってるのに~!クロったら~!」

 女子学生は扉の前で立ち止まって扉の窓から温室内を覗いていた。温室に入れるの
は生物理工学部の関係者に限られており、他の者が入室することは禁じられていた。

 そこへ偶然現れたのが惠であった。
手には如雨露を持っている。
当然広い温室内の植物全てに給水するためには如雨露の水では足りないので、水は温
室内の水道を使うことになっている。

 「どうしたんですか?」
「あのぅ、すみません。中に猫が入っちゃたんです」
「猫が?」
「はい、私、生物理工学部の者じゃないので入れなくて困ってたんです。あなたは生
物理工学部の方ですか?」
「そうですよ。植物に水をやりに来たんです。良かったらいっしょに入りませんか?」
「構わないのですか?ありがとうございます。じゃあ、いっしょにお願いします」

 惠は別の女子学生とともに温室に入っていった。
「あなた学部はどこなの?」
「はい、経済学部です。まだ1年生です。宮本由紀といいます」
聞きもしないのに宮本由紀と名乗る女子学生はすらすらと答えた。

 「私は中小路惠。2年生よ」
「1つ先輩ですね!よろしくお願いします!」
「あは、こちらこそ」

 由紀は悪びれることなく、惠にぺこりと頭を下げた。
惠もにっこり笑って会釈を返した。


                

   この作品は「愛と官能の美学
」Shyrock様から投稿していただきました