「地獄の孤島」
 
                            赤星直也:作

第1話 囚われた彩香

 「お母さん。何も、こんな時間に、出かけなくても…」
「そうは行かないの。急ぎの用事なんだから。これも仕事なのよ」
「わかっているけど、後藤さんが来るまで、待っていたら?」
「そんな余裕がないの。早くしないと、手遅れになっちゃうし」

 「わかったわ、気を付けてね。夜道は危険だから」
「わかっているわよ」中年と呼ぶにはまだ若い女性が、豪邸から車に乗って出かけた。
出かけた女性は、かつて藤山財閥を仕切った、藤山太郎の妻、藤山彩香だ。
彩香は元皇族の血を引き、太郎と一緒になったが、3年前に太郎を亡くした。

 当然、財閥を誰が引き継ぐかで、家族間の紛糾があったが、亡くなった太郎の意志
で藤山財閥を引き継いだ。
財閥を引き継ぐと、太郎の意志を継いで、養護学園を創立して理事長に収まったが、
その学園で、児童が自殺を図ったという知らせで、学園に向かっている。

 学園は東京から遠く離れた、那須連峰の麓にあり、高速に乗って車を飛ばした。
東北自動車道に入り、那須を目指して走ると、2時間程でインターチェンジまで来た。
「もうすぐ学園だわ」高速を降り、一般道を走って行くが、行き交う車はなく、真っ
暗な暗闇を、ヘッドライトを頼りに走っていくと、学園へ続く道路が見えてくる。

 「着いたわ」ホッとしながらも、車を走らせると、学園の建物が見えた。
その建物は、深夜だというのに、灯りが灯されており、車を停めると、走るようにし
て学園に向かう。

 学園のドアを開け、中に入ると園長の片岡が「申し訳ありません!」彩香に頭を下
げた。
「そんな事より、具合はどうなの?」
「命は取り留めましたが、精神的に異常が見られまして…」
「そう、命には取り留めたんだ…。よかったわ」

 「はい。この事は外に漏れる事はありません」
「口止めしたの?」
「勿論です。こんな不祥事が役所に知られたら、認可も取り消され、かねません!」
片岡の説明に彩香は頷くだけだ。

 暫く片岡と話すと「その子と会えないかしら?」切り出す。
「今は無理です。明日になれば落ち着くと思いますが…」
「わかった、明日でもいいから会わせて。それにしても、どうして自殺なんか図った
のかしら?」

 「私にもわかりません。それよりも、お疲れでしょうから、お休みになってはいか
がで…」
「そうさせて」彩香は片岡が用意した部屋に入ったが、部屋には粗末なベッドが置か
れているだけだ。

 「こんな時だし、我慢しないと」不自由なく育った彩香にとっては不満だが、その
ベッドに横になった。
「でも、どうして自殺なんかしたのかしら?」彩香は考えたが思い当たる事は何もな
かった。

 翌朝、目を覚ました彩香は「あら、何時の間に、あんなのが建ったのかしら?」窓
からは建物が見える。
「園長に聞かないと…」ベッドから降りて、片岡の元へと向かうと、ここに住む児童
達と出くわした。

 「元気ないわね。子供なんだから、もっと元気でないと…」そう思いながら見てい
ると、児童は全て女だけで男はいない。
「あら、女だけなんだ…」不自然と思いながら見ていると、年齢にもバラツキがあり、
中学生と思われる女が多い。

 彩香は気になったが、片岡のいる理事長室に入った。
「理事長、わざわざお出で頂かなくてもいいのに…」
「そんな事気にしなくていいの。それよりも、新しい建家があるけど何なの?」
「ああ、来客用の事ですね。事後報告で申し訳ありませんが、こんな田舎ですから来
客用にと宿泊施設を造ってまして…」

 「そんな勝手なまねされたら困るわ。理事長の、私のことわり無しでするなんて、
問題よ」
「申し訳ありません。今後注意しますから、今回だけはご勘弁下さい」片岡は彩香の
前で正座して土下座した。

 「そこまで言うなら、今回だけは勘弁してあげる。それよりも、自殺した子はどう
なのよ?」
「かなり落ち着いて、話せるようにはなりましたが…」
「今から会うのは無理かしら?」
「勿論無理です。もう少し、落ち着くまで待ってください」片岡の説得に彩香は従う
しかなかった。

 会うのを拒まれた彩香は、暇に任せて新しく建った建家に入ると、建物の中は壁で
仕切られ、それぞれ独立した部屋になっている。
そのドアを開け中に入ると「何なのよ、気色悪い部屋だわ」壁や天井が赤く塗られて
おり、まるで風俗店のようになっていた。
それに、テーブルやソファーもあり、大きめなベッドもある。

 「こんな風には、造らなくてもいいはずよ…」見渡しながら、片岡への怒りを感じ
ていく。
「他はどうなのかしら?」気になって、他の部屋を調べると、同じように赤く塗られ、
風俗店と同じ作りになっている。

 「こんなの建てるなんて、許せないわ、作り直させないと」込み上げる怒りを抑え、
建家から出ると「あんなところにも、建てて」また、真新しい建家が目に入った。
「勝手な園長だわ、後で懲らしめないと」愚痴を言いながら入っていくと分厚いコン
クリートが剥き出しになっており、なおも入ると金属製のドアがある。

 「一体、どうなっているのよ」疑問を抱きながらドアを開けると、今度は鉄格子の
部屋があり、檻のようになっていた。
「不気味な感じがする…」鉄格子に沿って歩くと、人の気配がする。
「誰かいるんだ…」気配がするほうに歩くと、ベッドに横たわった中学生と思われる
少女がいた。

 その少女は、怯えた様子で焦点が定まっていない。
「どうして、ここにいるのかしら?」不思議に思い、鉄格子の中に入って少女に近づ
くと両手、両足を縛られ、動けないようになっていた。

 「どうして、こんな事をされたの?」少女に尋ねたが応えない。
「とにかく、解いてあげないと…」手足を解いていくと「おばさん、誰なの?」初め
て口を開いた。
「ここの理事長よ。私が、この学校を建てたの。それより、どうしてこんな所にいる
の?」
「お仕置きなの。園長の言う事を聞かなかったから…」

 「どんな事を、言われたの?」
「知らない男に抱かれろと言われたから断ったの。そうしたら…」少女はそれだけ言
って泣き出した。
「抱かれろって、まさか売春を?」亡き、夫の意志で建てた養護学園で、売春が行わ
れているとは、彩香には信じられなかった。

 それでも、気を取り直して「そんな事っを言われたのは初めてなの?」
「ううん、前からだよ。5回程一緒に寝たけど…。でも、昨日はイヤだったから断っ
たの…」
「どうしてなの?」
「変な事する人だから。縄で縛って体を叩くの。優しく抱いてくれる人だったら断ら
ないけど…」少女の話に呆然となった。

 (そんな、事あり得ないわ…)信じたくはなかったが「そんな事言われるのは、あ
なただけなの?」と尋ねた。
「私だけではないわ。高学年は皆よ。妊娠しないようにと薬を飲まされて…」それだ
け言うと黙り込んだ。

 暫く、沈黙が続いたが「園長のところに行きましょう!」と腕を取った。
「イヤ、そんな事したらお仕置きされる!」
「お仕置きって、どんな事なの?」
「裸にされて、鞭でぶたれるの。そして、オチンチンで…」それだけ言うと、また泣
き出した。

 「園長に、オチンチンでやられたの?」彩香の言葉に、黙ったまま頷いた。
(許せない。こんな少女をレイプするなんて許せない!)怒り心頭の彩香は、少女を
残して建物から出ると、片岡の元へと向かった。

 そして、片岡に会うなり「自殺した子に会わせて、今すぐに!」叫んだ。
彩香の勢いに「わかりました、こちらです…」片岡も負けて、学園の医務室に連れて
行った。

 医務室には、女性がいて少女の看護をしている。
「あなたは誰?」
「保健婦の田中です。子供の健康管理をしてます…」
「この子と話がしたいけど、いいかしら?」彩香の言葉に保健婦も困った顔をしたが
「私が責任取るわ。あなた達は外に出て!」強引に片山と保健婦を外に追い出した。

 「誰もいないから、正直に応えて。どうして死のうと思ったの?」彩香が尋ねても
少女は何も応えない。
「売春させられていたんでしょう。それがイヤで、死のうと思ったのね?」彩香が言
うと、少女の目からは涙が流れ出した。

 (やっぱりそうなんだ。とんでもない園長だわ)彩香はそれ以上は何も言わず、黙
っていると「売春だけじゃないの。もっとイヤな事もやらされるのよ…」やっと口を
開いた。
「酷い事って、どんな事なの。私だけに教えて欲しいの」
「言えない、思い出したくもないし…」また口を閉ざした。

 (これ以上は、無理だわ…)彩香もそれ以上は聞かず、保健室を出て「園長、お話
ししたい事があります!」語気を荒立てて言った。
「ここでは何ですから、私の部屋で」片山は彩香を園長室へと案内し、部屋に入ると
彩香は「園長、どうして子供達にあんな事をさせるのよ!」怒鳴るように言う。

 「あんな事と、おっしゃっても、わかりませんが?」
「とぼけないで。売春よ。ここの児童に売春させているのでしょう!」
「理事長といえども、許しませんよ。どうして、私がそんな事をやらせるんですか。
証拠でもありますか?」

 「あるわ。売春を断ると、鉄格子の部屋に閉じこめているしね!」
「面白い事をおっしゃいますね。一体、どこにそんな鉄格子がありますか。あったら、
お目に掛かりたいですね」

 「そこまで言うなら見せてあげる。付いてらっしゃい!」彩香は憤りを感じながら
片岡と一緒に先程の建物に入った。
建物に入ると、今まで強気だった片岡も動揺している。
「ここよ、この奥が鉄格子になっているのよ!」ドアを指さし、開けようとしたが、
鍵が掛かっていて開かない。

 「理事長、ここは倉庫になっているんですよ。冬は食料が無くなるんで蓄える所で
す」
「だったら、ここを開けて。今すぐに!」
「鍵が無くて、今は無理です…」
「だったら、持ってきて今すぐに!」

 「わかりました。持ってきます」片岡は機嫌悪い顔をして、鍵を取りに戻った。
暫くしてから、職員と一緒に片岡が現れ「理事長、ここの責任者も連れてきました」
「それより鍵よ。早く開けなさい!」
「わかりました…」責任者と言われた男が、鍵を開けた。

 「園長、言い訳は聞かないわよ」そう言って、ドアを開けて中に入り「これでも、
まだ認めないのね」鉄格子の部屋を見られた片岡は「何時の間に、こんなしたんだ。
前とは違っているじゃないか!」責任者を叱った。
「申し訳ありません、盗まれないようにと、このようにしまして…」あくまでも白を
切った。

 それには「ふざけないで。そんな言い訳、通用するわけないでしょう。あなた達は
ここにいる資格なんてないわ。2人ともクビよ!」彩香の声がコンクリートに響き渡
った。

 「そこまで言われたら、こっちにも覚悟がある。暫くここにいろ!」片山は彩香を
押さえつけた。
「園長、お手伝いします!」責任者も加わり、2人掛かりで彩香を押さえつけると、
鉄格子の部屋に入れ、粗末なベッドに乗せて縛っていく。

 「やめなさい。そんな事は、犯罪よ!」
「わかっている。だからあんたには、消えて貰わないとね」
「殺すの、この私を?」
「イヤ、殺しはしないさ。世間から消えて貰うだけだ」そう言い残して2人は鉄格子
に鍵を掛けてドアを閉めた。

 ドアが閉まると、照明を点けてないから真っ暗闇になった。
「誰か、いないの~!」彩香が叫んでも返事がない。
「さっきまでいた子は、どうなったのかしら。鍵が掛かっていたということは、連れ
出されたんだ…」誰もいないとわかると、恐怖を感じていく。

 「負けないわ。あの子だって1人でいたんだし…」手足を動かしたが、縛られて何
も出来ず「諦めるしかないわね」おとなしく時の過ぎるのを待った。
どれくらい時間がたったのか、彩香は知るよしがなく、暗闇の中で、何時しか眠り込
んでしまった。

 その眠りを破り、4人の男を引き連れて、片岡が現れた。
「理事長、待たせたな!」片岡は彩香の頬を撫でだし、それには「何するの、触らな
いで!」声を上げた。

 「強がりも今だけだ。いずれ、泣く事になるからな!」
「馬鹿いわないで。私が、どうして泣くのよ」
「まだわかっていないんだ。始めろ!」片岡の合図で照明が灯され、部屋が煌々と照
らされた。

 「眩しい!」暗闇に慣れた瞳には、強い灯りが眩しすぎる。
暫く目を閉じ、慣らしてから目を開けると、初めて見る顔がいる。
「理事長。言っておくが、ここではいくら泣いても、外には聞こえないんだ。土下座
して、俺の言うがままに動くというなら、勘弁してやる!」

 「バカ言わないで。誰が、あんたに土下座など、するものですか!」
「最後の望みも自分から捨てるのか。仕方ない、やれ!」片岡の合図で彩香を縛った
縄が解かれるが、これから行われる、生き地獄の始まりだった。