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『見果てぬ夢2』
とっきーさっきー:作
第11話 運命の人は、砂埃の中にいた
篠塚美里の視点
翌日から行動を開始した。
わたしは、父の目を盗むようにして書斎に忍び込み、父が付けている日記や仕事関係
のファイルなどを読み漁っていった。
脳裏に刻み込まれた、典子お姉ちゃんの哀しすぎる痴態。
鼓膜に刷り込まれた、お父さんと会社の人の哀しすぎる会話。
河添拓也。典子お姉ちゃん。
そうよ美里。時田グループ副社長の娘として出来ることは、これしかないの。
この資料を調べれば、典子お姉ちゃんを助けることができる。
都合のいい解釈かも知れないけど、そんな気がして。
その一方で、いい子ぶったわたしが話しかけてくる。
美里はいつからこんな悪い子になったの?
アナタだって、自分の日記を他の人に覗かれたら恥ずかしいでしょ?
案の定呼び掛けてくる美里の良心と戦う日々。
でも、日記以外はなにが書かれているのか全然理解できない。
お仕事の書類なんか、まるで暗号。
大好きだった陸上もお休みして、書類の山と毎日睨めっこした。
そうしたら、読み進めていくうちに、なんとか理解できるものが増えてきた。
大人の世界は弱肉強食。世間はとっても厳しい。
わかるよ、美里にだって。
でもアナタは、自分の出世のために、どれだけの真面目な社員さんを追い出してい
ったの?
有りもしない、でっち上げの不正を突き付けて……
そして、不幸な目に会った社員さんの中にあの人はいた。
河添拓也(かわぞえ たくや)
やっぱり『たくや』って名前に引っかかる。目を凝らしながら読み直してみる。
日記と会社の資料によると、とっても仕事の出来る人だったみたいで、社長直属の秘
書課で課長に就任する予定だったとか。
それを父の差し金で、建築部2課に配属って書いてある。
でも、この社員さんはまだ会社を辞めてはいない。
そんなに有能だったら、他の会社でも頑張れるのに?
期待と不安に疑問が同居して、美里の胸の中を引っ掻きまわしている。
だけど、じっとしてはいられなかった。
わたしは住所を頭に叩きこむと、建設部2課の事務所へと向かった。
「こんな所なの?」
バスを降り立ったわたしを待っていたのは、土埃が舞う荒れ地のような世界。
その一角に建つ、粗末な仮設の建築事務所。
遠くから顔を確認するだけ。それで充分だから。
わたしは自分に言い聞かせていた。
でもそれとは平行に、お父さんが消し去ろうとした河添拓也って人にも興味が湧いて
くる。
そして、じっと待ち続けて1時間。
ようやく数人の作業員が姿を見せる。
「あの人が河添課長?! ……やっぱり、あの男!」
探していた人は、すぐに見つかった。
他の作業員さんとは異なる、ダークグリーンのヘルメット。
横幅の広い筋肉質な人たちに混じって、スラッとした長身の体型、あまりにもの場違
いな雰囲気。
そして、わたしが探していた彼は、この前の夜。典子お姉ちゃんにひどいことをし
ていた男。
「許せない……!」
それで、どうするのよ? 美里。
男の顔を目にした途端、急に弱気になったわたしが泣きついてくる。
典子お姉ちゃんのこと。
でも、その河添が美里のお父さんを多分恨んでいること。
もう一度、彼の顔を見る。
日焼けした肌まで凍らせるような冷たい眼差し。同時に垣間見る脂ぎった野望の輝き。
あの目で、典子お姉ちゃんの身体を……
砂埃が漂う工事現場で、わたしは妄想していた。
唇を真一文字に結んだ典子お姉ちゃんと、河添がセックスする姿を。
その典子お姉ちゃんの顔が、次第にわたしにダブってきて。
「そうだ……美里も……典子お姉ちゃんと同じ……女だったんだ……
美里の身体だって利用すれば、きっと……」
ジープのような車に乗り込む河添を追い掛けていた。
制服の上から手で押さえては、美里の女性の象徴を確認するようにしながら。
そしてもうひとり、気になる男の人が目にとまった。
まさに出発しようとしていたジープに、飛び乗るようにして乗り込んだ小柄な男性。
河添課長とは親しいのかな?
真黒に焼けた顔の下で、白く輝く歯を強調させながら話し込んでいる。
コンパスで描いたような丸顔に、眉間がつながりそうな太い眉毛。
人懐っこいビー玉のような黒い瞳。
けっしてハンサムってわけじゃないけど、どこか親しみやすい感じがする。
まるで氷の塊のような河添課長を中和するために存在しているみたい。
わたしは車が走り去るのを見送っていた。
まさか2日後、その丸顔の彼の方から美里の前に姿を現すなんて……
その彼に、わたしの方から身体を差し出す告白をするなんて。
咄嗟の判断だったけど、これで河添拓也に接近できると思って。
あの丸顔の人と恋人のように親しくなれば、典子お姉ちゃんを解放できるチャンスが
くると信じて。
でもその時はまだ、夢にも思っていなかった。
「美里お嬢様、お帰りになっていたのですか? さ、朝食の準備が出来ております」
玄関の前に立つわたしに気付いたのか、重厚な造りのドアが静かに開かれる。
顔を覗かせたのは、この家で働き出して3年になるお手伝いさんだった。
「お、おはよう……時江さん」
感情を押し殺した声に、能面のような感情を消し去った表情。
でもわたしは、その彼女から目を逸らせていた。
小さなしわが刻まれた目尻に、光るものを目にして。
それが何を意味するのか? 痛いほど美里も理解しているから。
「あーぁ。夜遊びするとお腹が減るのよね。時江さん、ご飯大盛りね」
わたしは、石膏で押し固められたように感覚のないお腹を撫でさすっていた。
思わずガニ股になりそうな両足を、真っ直ぐに伸ばしてキッチンへと向かった。
早く食べないと、学校に遅刻しちゃう。
当たり前のように訪れる、当たり前の朝を意識して……
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