『見果てぬ夢』

                            とっきーさっきー:作

第1話 典子の見果てぬ夢
                 
 3月30日 日曜日 午後8時  岡本典子

 シュル……シュルル……スス……ススス……
私は服を脱いでいた。
身に着けているものを引き剥がすようにして一枚一枚……

 若葉の芽吹きに合わせた、淡いグリーンのブラウス。
遠い昔の初恋の思い出に浸りたくて、無理をして履いた、チェック柄のプリーツスカ
ート。

 ボタンを外しファスナーを引き、床にはらりと落ちた物を軽くたたんでは、洗面台
の上に置いていく。
そして、つい確認するようにドアロックに目をやってから、ブラを外し、指が腰に貼
り付いたショーツのところで止まった。
やや前屈みで、ウエストのゴムに指先を引っ掛けたまま……

 典子、本当にいいのね。
後悔……してないよね。
念を押すように自分に語り掛けてみる。
今さら逃げ出すことなんて有り得ないのに、私は卑怯な同意を取り付けようとしてい
る。

 ほんの一瞬だけ時間が止まり、想定通りって表情で心が折れる。
私はスルスルと最後の一枚を引き降ろすと、ブラとショーツを一緒にして、積み上げ
た服の一番下、スカートで包むようにしてそれを隠した。

 ただ、シャワーで汗を流すだけなのに……
ただ、きれいなお湯で身体を清めるだけなのに……
どうしたというのよ、典子?

 今から会うのは、昔の恋人。
それも、ふたりっきりの夜のホテルで。
だったら、大人の女性のあなたならわかるでしょ。

 さあ、彼の機嫌を損ねないように、早くシャワーを浴びましょ。
でも、男の人が大好きな処は念入りにね。

 ザザァー……ザザザァー……ザザァー……
シャワーノズルから勢いよく噴き出す熱めのお湯を、私は惜しみなく素肌に浴びせて
いた。
何にも染まらない透明なお湯が、肩から下腹部へと滝のように流れ落ちていく。

 右手で肌を滑るお湯を受けとめては、ふたつのふくらみに満遍なく掛け撫でる。
手のひら全体を使って軽くマッサージするように、下から乳房を持ち上げては、さっ
と放してみる。

 プルンと、まるでお皿に落ちたプリンのように私のバストは揺れた。
学生時代から好奇心に満ちた視線に晒されたバストは、今もほとんど垂れ下がること
なく、瑞々しく張り詰めている。

 「下も綺麗にしないと……」
肩幅に開いた両足首の間を、バシャバシャと音を立てながら肌を清め終えたお湯が落
ちていた。

 私は意味も無い指示を口にしながら、指を下腹部へと這わせていく。
流れ落ちるお湯になびく陰毛を、頭の髪を洗髪するように指の腹全体を使って、地肌
から丁寧に洗い流した。

 そのまま、真ん中の指3本を揃えて割れ目の中へと沈めていく。
腰を落とし気味に、ひざをやや外向きにして、3本の指先がデリケートな肉の襞を…
…壁を……下手に刺激しないように慎重にこすっていく。
わずかに残る女の匂いと痕跡を、一切否定するように……
男の興味を惹かせないように……
指先の刷毛を動かし続けた。

 ふふふっ、私ってバカなのかな?
どうせ今から、典子の身体は男の手によって淫らに汚されるのに。
わざわざ念入りに洗い清めるなんて、自分から行為を期待しているみたいでなんだか
恥ずかしいよね。

 そのままの身体で、男に好きにされた方が……
強引に身体を奪われた方が……
自分の心にも言い訳をせずに済むし、私も傷付かないで済む。
……けど……だけどね……

 それでは、ダメなのよね。
私の心にケジメがつかないの。
ね、そうだよね。博幸。

 浴槽から出た私は、肌から滴る水滴をバスタオルで拭っていく。
拭いながら、壁に設置された鏡に映る裸身をジッと見つめる。
あなたが自分の好みだって褒めてくれた、肩に掛るストレートな黒髪。
あなたが昔ファンだったアイドル女優より、もっと綺麗で可愛いよって、褒めてくれ
た私の目鼻立ち。

 そして、あなたが2年と少し愛してくれた、この肢体……
そうよ、私のいやらしい身体……
セックス大好きな身体……
おっぱいも腰付きも、はしたなく男を誘っているようで、自分でも軽蔑したくなるく
らい典子の身体、恥ずかしいよ。淫らだよ。

 だから、今晩から典子は変わることにしたの。
私は、この身体を使って博幸の夢を実現させてみせる。
そのためには、5年? ううん10年かかるかもしれない。

 でも私は、あの男に賭けてみることにしたの。
あの男なら、私達の夢を実現させてくれそうで。
その代わり、博幸。
当分の間、典子のことは忘れて。
私がどんな行為をしていても、知らない顔をして目を閉じて……耳を塞いでいてね。

 ごめんなさい。博幸。

 なにも身に着けずにバスタオルだけを巻きつけると、ドアノブを回す。
カチッとロックが外れ、私は男が待つ部屋へと足を踏み入れた。


                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。