『時を巡る少女~アナタのためならエッチな女の子になります』

                              とっきーさっきー:作

第2話 初体験の幕開けは恥じらいのキスから


 「お待たせ、美桜」
「……ゴクン」
優しくささやかれても、美桜の両目は固く閉ざされていた。
目尻にいくつものしわを作りながら、口内に溜まった唾液を音を立てて飲み干した。

 「もしかして、眠っちまったのか?」
しかし控えめだった声音は、一言どまりである。
反応を見せない美桜に、あっさりと豹変した。

 「もしもぉーし、俺達はまだセックスしていないんだぞぉ。美桜と俺とはまだ、記
念のオマ○コをしていないんだからなぁ」
多少やんちゃで、多少は好奇な感で、男らしいフェロモンを発散させながら。

 その男の声は土砂降りの雨のように降り注いでいた。
女の子が赤面絶句する卑猥な単語も携えて、顔面ごと覗き込むようにして……
「し、翔くんのバカ! エッチ! スケベ!」

 だが、眠り姫を演じていた少女も負けてはいない。
ぱっと目を見開くと、むくっと起き上がる。
そして、接近する顔面をかろうじて交わすと、無防備な彼の耳の穴に絶叫した。

 腰にバスタオルを巻き付けただけの男らしい肉体が、ビクンと震えて動きを止める。
(ちょっとやりすぎたかな? でもでも、今夜はとっても大切な日なの。女の子にと
ってセックス初体験は、一生の思い出なの)

 美桜はもう一度寝そべっていた。
ダブルベッドの端っこに乗せられた頭が「うーん」と唸って、それを少しの間だけ眺
める。

 そしていがらくなった喉を整えるように、喉元に手を当てると、優しくおしとやか
に……
「わたしと……そのね、キスして……し、翔くん」と。
短髪に刈られた頭が、飛び跳ねるように浮いた。

 「キ、キス……いいのか、しても?」
「う、うん。唇と唇をひっつけて、チューって吸い合って……それで慣れてきたら、
翔くんとあたしの舌と舌を一緒にさせて、唾とかの交換とかもするの」

 瞬きをして、また瞳がシュンとして瞬きをして、美桜が三度目の瞬きをしようとし
た瞬間、上ずった声で訊かれた。
だから仰向けのまま見上げて、まぶたを叩くように連続して瞬きをしながら、美桜は
長々と答えを返していた。
最後は聞き取れないくらいの早口で捲し立てるようにしながら。

 「ご、ごめんね。わたし……ちょっと緊張しちゃって……」
「ははっ、それなら俺だってそうさ。こういうのはお互いに慣れてないってことだよ
な」
見上げる『翔くん』こと『大山翔吾』は、そう言うなり頭を掻いた。

 髪の生え際をぽりぽりとさせて、気まずそうに眼を逸らせて、ここだけは早速とい
うように唇の筋肉を指でほぐしながら。
「み、美桜……」
「し、翔くん……」

 そして、翔吾はパートナーの名を呼んだ。
遅れまいと美桜もまたパートナーの名を口にした。
緊張という感情が、これでもかの勢いで襲い掛かってくる。

 口の中が乾ききった砂漠のように水気を失って、美桜は急いで舌先を意識させた、
唾液をじゅわっと滲みださせて、同時進行させるようにお肌の触れ合いの覚悟も決め
る。

 (キスよ! 口づけよ! 接吻よ!)
美桜の視界が、勝手にその人を消した。
ギュッと固くではない。
柔らかな力配りでまぶたを閉じさせると、唇を尖らせた。
洗い立ての髪に空気を含ませるように、ほんの少し頭を浮かせた。

 (ファーストキスしてもらうの。ううん、美桜の方からおねだりして、翔くんにフ
ァースト口づけをしてもらうの)
その思いは通じたのか、見下ろしていた気配は動いていく。
直ぐに反応できずに微妙な間を開けて、じれったいスピードで落下して……

 「ちゅぶっ、ちゅばっ……美桜……」
「はむぅ、ちゅむぅ……翔くん……」
尖らせていた唇はぺしゃんこにされた。
半開きにさせて肉感を強調した唇が、美桜の口を圧し掛かるように塞いでいた。

 向き合う鼻の頭どうしがぶつかるなか、ちょっぴりマヌケな声音でお互いの名を呼
び合っていた。
「むちゅ、ちゅりゅ……レロ、レロ、レロ……」

 そして一分余りが経過して。
触れ合わせていた唇が、モゾモゾとし始める。
愛する人の鼻息を間近で感じながら、美桜は舌を伸ばした。
溢れそうなほど湧き出した唾液と一緒に、厚めな唇の隙間に押し流そうとする。

 「んむ、むふぅ……!」
しかしそれは、呆気なく押し返されてしまう。
唇と唇が密着し合って作られたトンネルを、男臭い唾液とこってりとした舌肉が、美
桜の舌と唾液と絡み合うようにして逆流させるのだ。

 「ゴク、ゴク……」
尖ったあごの真下で、小さな喉仏が控えめに鳴らされた。
ミックスされて男女の区別が消えた液体を、美桜は懸命に飲み干していく。
(これは大好きな翔くんの唾だから。美桜と翔くんが、初めて経験したファーストキ
スにプレゼントされたものなの)

 「ちゅぬ、ぬちゅぅ……愛してるよ、翔くん……」
「ネロ、ちゅにゅっ……俺もだよ、美桜……」
不器用で、ついでにオドオドとして、『下手くそ』と一言で片づけられそうな深いキ
スである。

 それでも愛する者どうしの儀式は延々と続けられる。
プチ贅沢なシティーホテルの一室でそれは、お互いの唇が溶け合う感覚に浸れるほど
熱く。
混ぜ合わせる唾液が涸れ尽きるほどの時間を共に。

 「ぷはぁ……はぁーっ……」
やがて、唇どうしの結び目がほどかれる。
途端に美桜は、大きく息を吸い込み、大きく吐き出した。
露わにされた鎖骨ごと、両肩を上下させている。
ふくよかに膨らんだバストも、つられるように弾ませる。

 「美桜……はあ、はぁ……いいかな?」
降り注ぐ声音もまた、息を切らしていた。
凛々しい眉毛の下で、やはり精悍さが売りの瞳を、当てもなく宙に彷徨わせていた。

 「優しく……してね……」
ありきたりだが、それ以外のフレーズは思い浮かばなかった。
初体験を控えた女の子に、気の利いたセリフなんて必要ない。
キスだけでのぼせ上がった本能が、そう開き直って見せる。

 「美桜……好きだ……大好きだ……」
「わたしもよ、翔くん……好きよ……大好きよ……」
セックスを前にして交わされる常套句。
それをお互いに掛け合って、美桜ははにかんでみせる。
脇の下に挿し込むようにして留めていたタオルの端を、彼女自身の指でそっと緩めた。


                
       
 この作品は「羞恥の風」とっきーさっきー様から投稿していただきました。