『シャッター・チャンス2』
                             とっきーさっきー:作
第13話(最終話)

翌日……

「雪音、ちょっと小耳に挟んだ噂だから気にするなよ。お前、数学の授業中に居眠
りして廊下に立たされたんだって?」

「ち、ちょっとその話、誰から聞いたのよ?!」

気にするなっていう方が無理な噂話に、あたしは上目遣いにお父さんを睨んだ。

「おっ! その目の吊り上げ方は……ふふふっ、本当に立たされちゃったんだ。そ
れってやっぱり、昨日のアレのせいで寝不足かな?」

「な、何よ……アレって? まさか覗いてたの……?」

上目遣いだったジロリ目線が、指で輪っかを作ってシコシコさせるお父さんに難な
く跳ね返される。
その指使いは女の子ではなくて男の子だって指摘したかったけど、今はそれどころ
じゃないの。
本気でお父さん、雪音の部屋を覗いて……?!

「キィィィッッ! 見たなァッ! この変態! 覗き魔! エロオヤジ!」

「わ、わあぁぁっっ! 誤解だよ、雪音! 知らない! 見てない! だからぁ…
…うぐっ! ぐがっ!」

アルバムが飛んだ。
カメラが飛んだ。
三脚が飛んだ。
夫婦喧嘩じゃないから、茶碗とお鍋は飛ばないけど、代わりに格好良すぎたお父さ
んの思い出も投げ飛ばそうとして……?

あらら、お父さんったらその前に目を回している。
う~ん、嫌疑不十分のまま拷問死させちゃったかも……反省です。



「あのぉ……構いませんか?」

「あ、はいぃ……いらっしゃいませ♪」

そんな時だった。
お店の入り口から、聞き慣れた声が聞こえた。
美帆さんが目を丸くしながら、嵐に遭遇した店の中を覗き込んでいる。

「おほほほ、ちょっと盗撮ネズミを退治しようと……どうもお見苦しいところを…
…」

あたしは、伸びたままのお父さんをツマ先でチョンチョンさせて蘇生させると、思
いもよらない美帆さんの訪問に愛想笑いを浮かべた。
転がったカメラを跳ね除けると、とりあえずソファーに勧めた。

「あ、あの……そのぉ……」

だけど美帆さんは、腰を下ろしたものの口は重たかった。
両手をヒザの上に乗せたまま、頬を赤く染めて俯いている。

「あ、あははは……何か不都合なことでも有りましたでしょうか? このピンクの
傀儡子も人の子。ツマラナイミスも、たまにしでかしますし……ねぇ、そうよね?」

「はい……その通りであります」

KOされた後遺症かな。
お父さんはネジが抜けたロボットのように、ぎこちなく答えて、カクっと首を項垂
れている。

「い、いえ……そんなことは……」

「ということは、あたし共の不手際ではないと?」

美帆さんが深く大きく頷いてくれた。

「はあ~良かったというか、なんというか……」

あたしは宙を飛んで脱走をはかった札束の霊を回収すると、ほっと胸を撫で下ろし
ていた。

「実はあの……出来ちゃったんです」

「はあ、それは、それは……」

だから続く美帆さんの告白に、いい加減に返事をしていた。

「今日、産婦人科で検査してもらったら、お医者様が『おめでたです』って……」

「はい、それは、それは……えぇっ! 昨日、その毅さんとアレをして……もう赤
ちゃん?!」

そしてようやく、事の重大さに気が付いた。
思わずあたしは、お父さんのホッペタをつねって、これが夢じゃないって実感を…


「いえ、そうではなくて、こちらへ伺う前に妊娠してたみたいで……どうもご迷惑
をお掛けしました。本当は主人共々、お詫びをしなければならなかったのですが、
生憎主人は手の放せない仕事がございまして……」

「いえいえ、そんなお気遣いなく……おほほほ、そうですよね。昨日アレして、さ
っそく赤ちゃんって……ないですよねぇ」

だったら、どうなのよ?
雪音とお父さんが、蚊の大群と盗撮小僧と闘った昨日の夜はどうなるのよ?!
お支払いは? これが回収不能になったら……
しゃっきん! シャッキン!! 借金!!!

「雪音さん? あの……顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「ううっ……あ、いえ……平気です。最近よくある貧血ですから」

あやうく、貧血を金欠と言い間違えそうになった。
もう一度大脱走した札束の霊が、雪音の前でふわふわと浮遊している。

「それでお支払いの方なんですが……?」

「お、お支払いですね……はははっ」

目の前が暗くなって左の胸が、キュッと絞め付けてきて……お父さん、雪音はもう
サヨナラかもです。

「ちょうど銀行へ行く用事がございましたので、これはお礼の分も込めたものとし
て、お納めいただけないでしょうか?」

美帆さんは、セカンドバッグから紙の封筒を取り出すとテーブルの上に置いた。
結婚指輪の輝く左手の指が、封筒の中から帯封付きの現金をさり気なく覗かせる。

「あ、あぁぁ……はい、はいっ! 悦んで!」

宙を彷徨っていた札束の霊が、一斉に成仏した。
銀行印がまぶしすぎる福沢さんの集団が封筒の中へと吸い込まれて、雪音の身体も
札束の後光に照らされて全回復しちゃった。

「それと差し出がましいお願いなんですが、主人が管理しているサイトに『ピンク
の傀儡子様』のサイトをリンクさせてもらえないでしょうか?
私はパソコンとかインターネットに詳しくないのですが、主人が申すには1日あた
り1万人ほどのアクセスがあるとかで、ぜひにと」

「は、はあ……少々趣味の悪いサイトではございますが……」

「いやぁ、毅さんはお目が高い。僕のサイトの価値を良く理解しておられる。はは
はっ、早速相互リンクさせていただきますよ」

雪音に続けてお父さんも全回復しちゃった。
頭のてっぺんに大きなタンコブをこしらえたまま、目をキラキラさせて早速パソコ
ンを立ち上げている。

あたしは、そんなお父さんを見つめた。
お腹に手のひらを当てて幸せを満喫している美帆さんを眺めた。
最後に、瞬間暴風にも耐え抜いてくれた『北原写真館』を見回した。

結果良ければ全て良し♪
遠回りして、崖から落っこちて、ジャンプして、ついでにワープして……
雪音とお父さんの人生って、いつもジェットコースターに乗っているみたいだけど、
まあ、それも有りってことでしょ。

お父さん、今夜はパァーっと張り込んで、特上の天ぷらそばでも出前してもらおう
よ。
お向かいの『そばや並木』でね♪

夕陽が差し込む、自称レトロチックな写真館で、あたしはニンマリと微笑んでいた。