『シャッター・チャンス』
                               とっきーさっきー:作
第7話  主婦といえば買い物かごでしょ?


「お父さん、これでいいの?」

「そう、これこれ。主婦と言えば、やっぱりお買い物かごをぶら下げている感じが一番だからね」

あたしは隣にある更衣室兼資材置き場で、お父さんが言う買い物かごを探し出してきた。
ビニールの紐を編んで作られた、昔ながらのこげ茶色の買い物かご。

これでどうするのかって?

あたしは何となくわかるけど、律子さんには……うーん、無理よね。想像がつかないみたい。
だって、こんな発想。
いやらしいエロおやじそのものじゃない。

律子さんも可哀そうに。
でもでも、エッチな主婦をあたしも見てみたい気がするし……

「それじゃあ、裸になってもらえます?」

「は、はい……」

律子さんはあたしたちに背中を向けると、指を……というより両腕を震わせながらブラを外した。
歪みのない真っすぐな背中のラインが、オレンジの照明に照らし出されている。

「やっぱり……きれい……」

あたしはまた見とれちゃって、はっと我に返ると慌てて脱衣かごを律子さんの横に置いた。

「ごめんなさいね」

「い、いえ……」

手渡されたブラジャーは汗を吸い込んだのか、ほんの少し重く感じた。
それをさり気なくスカートの下に差し入れた。

律子さんが溜息とも呻き声ともわからない音を、食い縛った歯の隙間から洩れさせる。
細いあごから汗の雨粒が滴り落ちる。
そして、指が最後の1枚に添えられる。
ショーツのウエストに親指を潜り込ませて、大きく発達したお尻を優先させるように下へと引き下ろさ
れていく。

あたしの耳が、スルスルと肌を滑る摩擦の音を聞いた気がした。
大切な人を思う女性の哀しい覚悟を感じた。

大きく前屈みになりながら、足首から抜き取ったショーツを律子さんは自分で隠した。
右手の中で小さくたたむと、同性のあたしの目にも触れさせずに脱衣かごの中へとそっと腕を差し込ん
だ。

あたしはその横で、何も言えずに何も出来ずに人形のように佇んでいた。

「アシスタントさ~ん。なに固まっているのかな? 買い物かごはどうしちゃったのかな?」

お父さんがカメラを覗きながらおどけた声を上げた。
指示どおりに全裸になった律子さんは、晒した背中を小刻みに震わせたまま立ち続けている。

「ごめんなさい……」

あたしは買い物かごを渡した。

「これで……その……律子さんの大切な処を隠してください。あっ、片手で胸を隠すことも忘れずに…
…」

「こんな感じかしら?」

律子さんは買い物かごを下腹部に押し当てると、左腕を横にしてふくらみを隠した。
そのまま緊張を解すように、首を傾げてみせた。

「はい……上出来です。ものすごく恥ずかしいでしょうけど、少しの辛抱ですから我慢してくださいね」

「ええ、私は大丈夫ですから」

言葉少なめにそう言うと、律子さんは自分の方からレンズに顔を向けた。

「では、レンズに視線を合わせて……いいよぉっ」

カシャッ、カシャ、カシャ、カシャッ……

正面を見据えた律子さんが、お父さんの指示に従って全裸の主婦を演じている。
目線を斜め下にして、食品の品定めをしたり、上目遣いの目線で夕御飯の献立を考えてみたり……
でも、とっても恥ずかしいんだろうな?

全身の肌をピンク色に染めて……
吐き出す呼吸が途切れ途切れになって……
顔はキュートで可愛らしい主婦なのに、目の端に光るモノを浮かべて……

「うん、いいねぇ。次は買い物かごはそのままで上半身だけ捻って。晩御飯、何にしようかしら? …
…そんな感じで。次は逆にお尻をこっちに向けて、同じポーズで……うんうん、僕はカレーがいいかな
♪♪ それとも……」

「ちょっとお父さん、真面目にしてよッ!」

「はい、すいません……それではラストいきますよ。買い物かごを股に挟んだまましゃがんでみせて。
両手をひざに乗せたまま、背中を丸めて胸を隠して……そのままだよ、そう……OK」

カシャッ、カシャ、カシャ、カシャッ……

お父さんの声が甲高く響いた。
もう涙でいっぱいなのに、律子さんは旦那様を取り戻したい一心で笑顔を作っている。
大切な処を買い物かごだけで隠して、多分生まれて初めて撮るヌード写真なのに全然嫌な素振りを見せ
ずに……
そして、撮影が終わった。

「お疲れです。律子さん」

あたしは、しゃがみこんだままの律子さんの肩にバスタオルを掛けた。

「あなたのお陰で、素晴らしい作品が撮れましたよ。きっとこの写真をご覧になれば、旦那様の心も動
かされるはずです。今夜から素晴らしい夜の営みをお楽しみください♪♪」

「律子さん、お着替えはどうぞこちらへ」

バスタオルに包まれた律子さんを、隣接する更衣室へ案内する。
その傍ら、あたしはお父さんの右足を踏んづけなから耳元で言ってあげた。

「一言余計なの! このスケベ親父!!」って……