『悪魔の集う家』

                           とっきーさっきー:作

第3話 義母の本性


 わたしの目に映ったのは、美しい背中のラインだった。
ちょっと視線をずらせて、女性らしい曲線を描いた羨ましすぎるお尻も。
そう、弥生さんはエプロン以外なにも身に着けていなかった。
ノースリーブも、ミニスカートも、ブラだって、パンツだって。

 これだけでも、息が止まるほど驚けると思う。
だけど一緒になって飛び込んできたのは、心臓が凍るほど痛々しい姿だった。

 「ん、どうかしたのかい? 遥香。なんか顔色が悪いようだね」
お義母さんが薄ら笑いを浮かべたまま覗き込んでくる。
わたしの目が、弥生さんの後ろ姿に釘付けなのは知っているのに、白々しい物言いで
訊いてくる。

 「……い、いえ……なんでも」
「そうかい、なんでもないのかい。てっきりアタシは、弥生の肌を見て気分でも悪く
したのかと思っちまったよ」

 目を伏せたまま、わたしは声を絞り出して答えていた。
ピカピカに磨きあげられた床を見ている筈なのに、その目線をぼやけさせたまま。

 縦にも横にも斜めにも走っている、無数の傷痕。
美しい背中のラインにも、大人の女性らしく盛り上がったお尻にも、弥生さんの真っ
白な肌を裂くように刻み込まれた赤黒くて生々しいそれが、霞んだ視界の中で延々と
再現されている。

 「奥様……あの……」
「ちっ、弥生は黙ってな。遥香、お前には教えといてあげるよ。この女は使用人の分
際で反抗癖が直らなくてね、それで妹と一緒にお仕置きしてやったのさ。
あの人と一緒に一晩中、鞭打ちの刑ってやつ。その傷はすべて鞭で打たれた痕さ。ど
うだい、綺麗な網目模様になってるだろう? なんなら前の方も見せてやろうか。オ
マ○コの肉まで、念入りに打ちのめしてやったからね」

 怖ろしいことを平然と言ってのけたお義母さんは、その手を弥生さんのエプロンへ
と伸ばした。
太股の真ん中で揺れている裾を指で掴んで……

 「こ、孝ちゃん……行くわよ!」
わたしは、目を床に落としたまま孝太に声を掛けた。
初めて訪れた所だから、勝手なんか全然知らないのにズンズンと奥へ向かって歩いて
いた。

 悲惨な姿を晒している弥生さんを置いてけぼりにして、背筋まで凍りそうなお義母
さんから少しでも離れたくて。
両腕が痛ダルになりそうな旅行カバンをブンブン振って、ワンピースの裾が捲れるく
らいに大股で。

 「ちょっと待って、お待ちになってください」
背中から声がする。
わたしは振り向くのも怖くて、孝太にカバンごと身体を押し付けて立ち止まった。

 「先ほどは失礼しました。ここからは私がご案内いたします」
廊下と廊下がクロスしたまるで十字路のような所で、弥生さんはわたしを追い抜いた。
そして一番薄暗い通路を選択すると、わたしと孝太に軽く目をやってから歩き始めた。

 さっきの出来事がウソだったように両手を前で組んだまま。
モデルさんのようなスタイルで、モデルさんのように姿勢を正して。
でも、正視だけない傷痕が残る背中やお尻を全部覗かせたまま。

 わたしと孝太は押し黙ったまま、弥生さんの後ろを付いていった。
お昼までも明りがないと無理みたいな暗い階段を昇って、1階と同じ延々と続く長い
廊下をよそ見もせずにひたすら歩いて、これ以上進めない突き当たりに辿り着くと、
弥生さんの足が止まった。

 「……鬼がいる」
閉じられたままだった唇が開いていた。
わたしは行き止まりになった壁を見上げていた。

 大きな鬼の面が飾ってある。
頭に2本の角が生えた真っ赤な顔をした鬼が、わたしと孝太を見下ろして尖った牙を
見せつけながら口を大きく開けている。

 「向かって右手が遥香様のお部屋に、そして左手が孝太様のお部屋でございます」
弥生さんは、わたしの声には答えずに淡々と説明すると、左右向かい合わせに設置さ
れたドアを引いた。
恭しくお辞儀までしてみせる。

 「では、私はこれで失礼します」
そして、わたしと孝太を置いて去って行った。
足早に、モデルさんのようなスタイルのまま。だけどモデルさんらしくないほど内股
で、後ろ姿にも恥じらいを浮かべて。

 「弥生さんって人、行っちゃったみたいだね」
「うん、行ったよ」
白い肌が小さくなって、やがて消えた。
わたしはカバンを足元に置くと、孝太の胸元に両腕を回して抱き締めていた。

 「お姉ちゃん……?」
「孝ちゃん、驚かせてごめんね。でも、もう少しの間このままでいさせて」
怖いの。震えが止まらないの。
見たモノ聞いたモノすべてが怖ろしくて、それにとっても心細いの。
遥香は孝太のお姉さんだから、しっかりとしないといけないのに。
孝太を守ってあげないといけないのに。

 わたしは孝太をギュッとして、孝太の肩に顔を乗せて、孝太の匂いを嗅いでいた。
子犬のように鼻を鳴らして、微かな思い出になったお母さんの香りを探した。
背中の上から目を剥いた鬼に睨まれたまま。