『悪魔の集う家』

                           とっきーさっきー:作
第1話 柔肌に刻まれる鞭痕


 そこは薄暗くて風通しの悪い所だった。
四方をレンガの壁で囲まれたその部屋は、身体の芯から凍える冷気も感じた。
地下室だろうか? すえたカビ臭い匂いも漂っている。

 そんな密封された空間に、男が1人と女が3人いた。
初老に差し掛かった唯一の男は、醜く突き出した腹を覆うように吊りバンドのズボン
を履いていた。
上半身は、細いストライプ模様のワイシャツ。スーツの上着は身に着けていない。

 女の方はというと、初老の男とは対照的な出で立ちをしている。
男より幾分若い感のある年増の女は、煽情的な赤色をしたビキニタイプの水着姿を晒
していた。
その年齢にしては、いささか不釣り合いな光沢のある水着を肌に喰い込ませた姿は、
SMクラブに君臨するマダムといったところか。

 だが残り二人の女は、この夫婦ともとれる男女より相当若かった。
スラリとしたモデル体型の女は、20才を過ぎたあたり。
第二次性徴真っ盛りといった思春期独特の硬さを持つもう一人の女は、言葉の示す通
り10代後半が妥当だろう。

 しかし、彼女達二人はなんの衣装も身に着けていない。
瑞々しい肢体を余すことなく晒しているのだ。女の象徴である部分も全て、隠すこと
もままならずに。

 「あなた、そろそろ始めてもいいかしら?」
「ああ、好きにして構わんさ。お前は、皐月で愉しむがいい。俺は弥生で遊ばせても
らうとするか」

 年増な女は、化粧っ気の強い顔を吊りバンドの男に寄せた。
男はその女の頬を軽く撫でると、もう片方の手に握り締めた乗馬鞭で空気を鳴らした。

 ビュンっと風を切る音がして、それを見た10代の少女皐月は顔を引きつらせた。
もう一人の弥生と呼ばれた少女は、唇を噛んだまま顔を伏せている。

 けれども、彼女達は逃げられない。
恐怖が目の前に迫っているのに、この部屋からは逃れられないのである。

 「皐月、深呼吸しなさい。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢するのよ」
「うん、弥生お姉ちゃん。アタシは平気だから。泣き顔を見せたりしたら、この人達
をもっと悦ばせるだけだから」

 両手首に鋼鉄製の手枷を嵌められたまま、二人の少女は壁に繋がれていた。
いや、手首だけではない。
両足首にも同じ枷を嵌められた状態で、大きく股を開かされているのだ。
淡い翳りの下に走る乙女の亀裂をすべて晒したまま。

 「ふふふっ、使用人の分際でいい面構えをしている。弥生、いい声で鳴いて妹の手
本になるんだな」

 びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!
「ギィッッ! ヒギィィィッッッ!!」

 風を断ち切るムチの音と共に、少女が鳴いた。
淀んだ空気を切り裂く高い音色に負けない勢いで、弥生は絶叫するとともに、豊満な
乳房を波打たせていた。

 「お、お姉ちゃんっ!」
「んぐっ……はあぁぁ……大丈夫だから、皐月」
汗でしっとりと濡れた弥生の双乳には、斜めに横切るように鮮血の帯が刻まれていた。
その傷口からは、少女の涙の代弁をするかのように赤い涙が滴り落ちている。
「皐月、今度はあなたの番よ。お姉さんを見習って可愛く泣き叫びなさい!」

 びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!
「ヒ、グッッ! ングウゥゥゥゥッッ!!」

 年増の女のムチは、弥生の乳房と寸分違わぬ処を打ちのめしていた。
未発達な乳肉がその瞬間だけ無残にへこみ、残酷なムチ痕を少女の肌に植え付ける。
そして襲い掛る、肉を引き裂かれたような激痛。

 「はははっ、同じ姉妹でも声の高さは違うものだな」
「ええ、そうね。でも喉が嗄れるほど鳴かせたら、同じ声になるんじゃなくて」
「それもそうだな。一晩中この鞭で嬲ってやれば、千津子、お前の言う通りだ。ほれ、
もっと鳴け!」

 びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!
「アグウゥゥゥッッッ! ヒグゥゥッッ!」
「皐月もだよ!」

 びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!
「ンアァッッ! 太腿……がぁッ……裂けちゃうぅぅッッ!!」

 乳房を打たれ、肩を打たれ、脇腹を打たれ、縦向きのヘソをクロスさせるように横
溝を刻まれ、ムチ痕が次第に下腹部へと移動する。
やがて、剥き出しにされた女の部分にムチの切っ先が打ち込まれた時、二人の少女は
同時に声を上げた。
年増の女の予言通りに、嗄れた喉を震わせて……

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 お母さんが亡くなった。
わたしと弟の孝太の大切なお母さんが、病気で死んじゃった。

 アルコールの匂いに染まったベッドから、やせ細って骨と皮になった手を伸ばして、
すがりつくわたしと孝太に「ごめんね」って、何度も何度も謝ってくれたのに。
今は、その声だって聞くことが出来なくなっちゃった。

 「それでは、これより火葬いたします。喪主の方はこちらへ」
紺色のスーツを着た七三分けの職員の人が、制服姿のわたしを呼んだ。

 「孝ちゃん、いこ」
わたしは目の不自由な孝太の手を取ると、丸い緑のボタンに指を乗せた。
孝太と一緒に。

 「では、喪主の方。ボタンをお押しください」
丁寧だけど感情のこもっていない職員さんの声が聞こえて、わたしは息を止めた。
両目を閉じたままの孝太も、ほっぺたのお肉を噛みながら唇を真一文字に結んだ。

 「さようなら、お母さん……」
(いままで、ありがとう)
まだ押さないでって、遥香の心が泣いて頼んでいるのに、わたしは指先に力を込めた。
横で見ている職員さんのように感情を消して、冷酷な鬼女を気取って、力のない孝太
の指を押さえ込んでいた。わたしの指で。

 バチチッって点火する音が聞こえた。
ゴォーッって炎が燃え広がる音も聞こえた。

 でもわたしは泣かない。
涙も零したりしない。

 お母さんの心臓が止まった夜に、涙が枯れるまで泣いたから。
それにわたしは、お母さんの身体に火を付けた鬼女だから。
それにそれに、わたしと孝太の後ろに立って両手を合わせている二人連れがいるから。
わたしと孝太のおじさんとおばさんなのに、目を閉じながら心の中で薄ら笑いを浮か
べているひどい人達だから。

 そう、だからわたしは……河合遥香は、泣かないの。
絶対に泣くもんですか!
孝太が隣でしくしく泣いてても。