『きょうこ 歪んだ構図』
 
                    Shyrock:作

第3話

 不快を顕わにするきょうこの態度にも、芳雄は臆することなく言葉を続けた。
「それとも何かい?他に男がいるから特に困らないとか……?」
「お父様、そんな酷いことを言うのはやめてください」
「酷いことだと……?じゃあちょっと聞くけどこの写真は何だね?」

 芳雄は探偵社が撮った例の写真をきょうこに示した。
「えっ!?これって……」

 きょうこの顔が見る見るうちに青ざめ、狼狽の色は隠しきれなかった。
「後姿だがこれは間違いなくきょうこだね?何なら他の写真も見せてあげようか」

 芳雄はそう言いながらポケットから小封筒に入った数枚の写真を取り出した。
真正面から撮ったものは一枚もなかったが、斜めから撮った写真は横顔を窺うことができ、誰が見ても明らかにきょうこと分かった。

 きょうこは言葉を失ってしまい、その場にぼう然と立ち尽くしてしまった。
 芳雄は勝ち誇った表情を浮かべきょうこを責めた。
「きょうこ、見事に光治や私を欺いてくれたね?家族には良い嫁を装いながら、裏ではこんなふしだらなことをしておったとは……。私はあんたを見損なったよ」

 ここまで証拠を並べられると、きょうことしてはもう言い訳のしようがなかった。
ひたすら謝るしかなかった。
「本当に申し訳ありません……」

 きょうこはうな垂れ声を震わせ芳雄に詫びた。
「謝ってもらってもねえ……一度失った信頼は簡単に回復できるものじゃないよ」
「はい……すみません……」
「何ならあんたのご両親にこの写真を見せようか?」
「それだけは!それだけはどうか許してください!もう二度と実家に行けなくなってしまいます!」

 「そんなこと私の知ったことか。ありのままをあんたのご両親にお伝えするしかないようだね」
「お父様、今回だけは許していただけないでしょうか。あの男性とは二度と会いません。光治さんんと仲良くやって行きますから。だから、だから、どうか許してください……」

 きょうこは何度も頭を下げ懸命に許しを乞うた。
このことが厳格な両親にばれてしまうと、絶縁されてしまうかも知れない。
それだけではない。光治とも離婚話が持ち上がるだろう。

 きょうこは芳雄に懸命に懇願した。
その美しい瞳からはかすかに涙が滲んでいた。
芳雄はそんなきょうこの姿を哀れむどころか、冷笑を浮かべながらポツリとつぶやいた。

 「ふふふ、許して欲しいのか?」
「はい、お父様……」
「もうあの男とは会わないな?」
「は、はい……もう会いません……」
「誓えるか?」
「はい、誓います……」
「ならば今回に限り許してやろう」
「お父様、ありがとうございます!」

 きょうこの表情に安堵の色がよみがえった。
「ただし……」
「え?」
「ひとつだけ条件がある」
「条件とおっしゃいますと……?」
「きょうこ、あんたの身体全体を舐めさせてもらう。もちろん恥ずかしい場所も全部だ」

 「まさか……そんなこと絶対に嫌です!」
「強要はしないよ。その代り先程言ったとおり、あらいざらいあんたの両親に事の次第を話すことにする。構わないね?」
「そんなぁ……」

 きょうこは困惑の表情を浮かべている。
長い沈黙の時が過ぎた。
ようやく意を決したようできょうこは蚊の鳴くような小さな声でつぶやいた。

 「分かりました。お父様のおっしゃるとおりにします。その代わり光治さんや両親には絶対に言わないで……」
きょうこはそれだけ言うとその場に泣き崩れてしまった。

 芳雄は泣きじゃくるきょうこの頭を撫でてやりながら静かに語った。
「よく決心した。約束は守る。光治にもお前のご両親にも一切口外しない。さあ、それでは早速、私の部屋においで」
「直ぐに……ですか……?」
「直ぐだ」

 「せめてその前にお風呂に入らせてください」
「その必要はない」
「でも……」
「いいのだ、そのままで。風呂に入るとあんたの生々しい女の香りが流れてしまう」
「……」

 芳雄はゆっくりと廊下を歩き自室へと向かう。
きょうこも芳雄の後を無言で着いていく。
まるで女囚が刑場に向う時のように顔が蒼白になっている。

 芳雄の部屋は一番奥にあった。
静かに襖を開けた。かすかに香の香りが漂った。
部屋は十帖ほどの和室であった。

 右奥には床の間があり、虎の絵の掛け軸が飾ってある。
左奥には立派な仏壇があった。
そして、部屋の中央には一人用としてはいささか贅沢な大きな布団が敷かれていた。

 きょうこは布団を見た瞬間、脚に錘(おもり)が付いたように立ちすくんでしまった。
芳雄は部屋に入るよう目で合図を送った。


                

   この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました