『女武者受難』
 
                    Shyrock:作
第一話 夜更けの高野街道

 慶長十九年(一六一四年)、大坂城重鎮木村重成からの命を受けた真田ありさは、ふ
ところに密書を忍ばせ紀州高野山へと向かった。
行く先は、関ヶ原の戦で西軍に味方して敗れたあと、信州上田を追われ高野山に幽閉
の身となっている父真田幸村の庵であった。

 密書には次々に要求を押しつけてくる徳川家康に対抗するため、大坂城へ決起を促
す豊臣秀頼からの檄文がしたためられていた。
重成は密書が極秘中の極秘文書であったことから間者を使うことを避け、幸村の長女
ありさにその大任を任せた。

 なお幸村の幽閉時ありさが女性であったことから大きな咎立はなく、故郷上田を追
われたあと監視付きを条件に大坂城内居住が許された。
そんな環境の中で育ったありさは幼い頃より剣術を嗜み男子も舌を巻くほどの腕前に
上達し、やがては重成の目に止まることとなった。

 高野山麓九度山までの街道は険隘で人通りも少なく、山賊や追剥が出没することも
あった。
そこで重成は一計を案じありさに男物の着物と袴を着けさせ『若武者』に仕立てあげ
ることにした。

 さらに若武者らしく髪型も前髪を眉の辺りまで左右に垂らし、後方は束ねて紐で結
んだ。
これで外見は凛々しい『若武者』の出来上がりとなったわけだが、身体の線の細さだ
けは如何ともしがたく、仕方なく腰にさらし布を二重に巻くことにした。

 四月十日寅の刻、春とは言っても夜明け頃はまだまだ寒い。重成は密かにありさを
追手門から送り出した。本来であれば青屋口という裏門から出ていくのが目立たず好
適なのだが、青屋口の方角が城の鬼門に当たるため縁起を担いであえて避けることに
した。

 「ではありさ殿、道中くれぐれもお気をつけて。幸村様には良しなにお伝えくださ
れ」

 ありさは重成に一礼すると足音を忍ばせ静かに追手門を出て行った。

◇◇◇

 高野山麓の九度山までは十五里。途中険阻な山道が続くためありさの脚だと三日は
かかるだろう。

 ありさは下高野街道から高野街道へと抜ける道を選んだ。
一日目は天王寺村から堺の小寺村を経て岩室村で宿をとり、二日目は市村から長野村
を経て三日市宿で宿をとった。

 三日目、三日市宿を出て紀見峠を越え紀伊国橋本に着いた頃はすでに夜も更けてい
た。
九度山まではあとどのくらい歩けば良いのだろうか。
ありさは竹筒の水で口を潤すと休みもしないで先を急いだ。

 麓とは言っても山道に入ると人影もなくなり道も一段と険しくなる。早朝に宿を立
ち夜更けまで歩き続けるとさすがに疲れがどっと押し寄せてくる。
ありさは少し休息を取ることにした。
座り心地のよさそうな岩に腰を下ろし、手拭いで額の汗をぬぐう。

 「ふう……かなり歩いたなあ。あとどれぐらい掛かるのだろうか。明け方には着か
なければ……」

 それにしても山道は暗い。辺り一面真っ暗だ。
いくら剣に自信があると言っても、それは相手が見えての話だ。
大自然が作り出す漆黒の闇が相手では剣など何の役にも立たない。

 「それにしても暗いなあ……」

 しばらく休んでいるうちに、どこからともなく清涼感のある心地よい香りが鼻腔を
くすぐった。
その香りは凛とした夜のしじまの中に悠然と溶け込んでいた。高野山の深い森には針
葉樹が多く、香りの源はこれら針葉樹だと思った。

 ありさは大きく息を吸い込んで、すくっと立ち上がった。

「先を急ぐとしよう」

 真っ暗な山道を一人足早に進む。父に会うという大義がなければとっくに心が折れ
て途中で引き返していたかも知れない。
さらに恐怖は暗闇だけではない。
一つ間違えば足を踏み外し深い谷へ転落するかも知れない。

 「あっ、そうだ。確か松明が入っていたはず」

 ありさは布袋から松明を取り出した。松の樹脂(やに)の多い部分を竹と束ね先端
に点火して照明として用いる。ありさは火打石を擦り火を起こした。松明の火が赤々
と灯りわずかだが周囲を照らした。

 「これでだいじょうぶだ」
 
 ありさの表情に安堵の色がよみがえった。
再び歩き始める。
 
 それから半時ほど歩いただろうか。右側の藪からがさがさという物音がした。

「むむっ……!?」

 ありさの表情が突然険しくなった。右手に持った松明を高々とかざす。早くも左手
が剣のつばに掛かっている。
もし敵が現われたら、松明を投げ捨ていつでも剣を抜くことができる態勢だ。

 再び物音がした。先程よりも大きい。
「うわっ!!」

 藪の上の方から座布団のようなものが飛び出してきて、空を飛び、瞬時のうちに左
の藪へと消えていった。
 
 「な、なんだ、今のは!?鳥か……?」

 その時、どこからともなく人を食ったような笑い声が聞こえてきた。

 「ぶははははは~!おまえはムササビを知らないのか?」
「な、何者……!?」
「ムササビと鳥を間違うとはな~、がはははははは~!」

 ありさの目の前にあご髭の男を筆頭に柄の悪そうな男たちが現れた。
 
 「見たところ武者のようだがどこから来た?」
「……」
「ムササビを見ただけで驚くとはとんだ腰抜け武者だな~」
「身体はか細いし、へっぴり腰だし、もしかしたら剣もただの飾りじゃねえのか?何
なら貰ってやってもいいんだぞ。ひゃっひゃっひゃっひゃっ~」


                

   この作品は「愛と官能の美学
」Shyrock様から投稿していただきました