『くノ一ありさ~淫蛇の森~』
 
                    Shyrock:作

第二話 伊賀忍軍

 草と名乗る男たちは徐々にありさににじり寄り、輪をせばめていく。
隠れる場所のない広場で取り囲まれては、いくら手練れ者であっても不利といえる。

 (さて、どちらから仕掛けてくるか……?)
ありさは目を閉じ、両足をわずかに左右に開き、無理のない自然体で立っている。
剣士や忍者は戦闘態勢に入ると剣を構えるのが常だが、ありさが一向に身構えよう
としないため、戦う意思がまったくないように見えた。

 「ふん、おれたちに勝てないとみて諦めたか?所詮はくノ一、おれたちに敵うは
ずがないわ」
「おとなしく密書を渡せば命だけは助けてやってもいいぞ」

 ありさは沈黙を守っている。
「……」

 忍群は忍刀を手にかまえ、攻撃を開始した。
最初に切りかかったのは前面にいた忍者であった。
「どりゃあ~~~!」

 ありさは高々と舞い上がると、切りかかった男の真上からくないを突き下ろした。
「ぐわぁ~~~~~~!」
忍者はもんどりうって草むらに倒れた。
「こ、このくノ一、かなりの腕前だぞ! みんな気をつけろ!」

 四人の忍者は忍刀を構えた。
ありさは再び体勢を自然体に戻している。
左側にいた忍者が突然呪文を唱えた。

 「忍法火炎の術!」
気を集めた忍者が火炎弾をありさ目がけて次々と投げつけてきた。
「なんの!」

 火炎弾をかわしたありさは呪文を唱えた。
「忍法濡れ木の葉の術!」
周囲の樹々から水分を含んだ木の葉が舞い下り、次々と飛んでくる火炎弾を防いだ。

 「むむむっ!あやつは木遁の術を使うのか……!?」
それでも怯むことなく火炎弾を投げつづける忍者。

 木の葉をくぐりぬけて襲いかかってくる火炎弾を、ありさは蝶のごとく身をかわ
すと、高々と舞い上がり、敵のかたわらに飛び降りざま閃光がきらめいた。
「ぎゃぁ~~~!」
火炎弾を投げていた忍者の首にくないが突き刺さりあえなく倒れてしまった。

 今度は右側にいた忍者が鎖鎌(くさりがま)の分銅を頭上で回転させ、遠心力が
ついたところをありさ目がけて投てきした。
鎖分銅がありさの身体に巻きつき、がんじがらめに捕縛されてしまった。
そこを忍者は左手ににぎった鎌でとどめを刺しに襲いかかった。

 ところが、目前で鎖で緊縛されたはずのありさの姿が木の幹に変化してしまった。
木遁・身代わりの術だ。

 「げっ、何と言うことだ!?」
「残念だったね……木遁身代わりの術よ」
「こしゃくな!」

 鎖鎌をもった忍者が振りかえり、いつの間にか背後に立ったありさに驚く。
忍者は鎖鎌を捨て忍刀を抜こうとする。
しかしありさはその暇を与えなかった。
あっけなく忍者は倒れてしまった。

 次の瞬間、残っていた前後二人の忍者が同時に襲いかかってきたが、ありさのく
ないがきらりと光った。
「ぐわ~~~っ!」
「うぐっ!」

◇◇◇

 「急がなければ」
五人の忍者を倒したありさは水で喉を潤すと、休むいとまもなく再び地面を蹴って
駆けだした。

 二里ほど駆けると急に辺りが暗くなってきた。樹々がおびただしく繁っているせ
いだろう。
林を進めば街道に出るはずなのだが、誤って森に迷い込んでしまったようだ。

 当時、忍者は方角を知るために方位磁石として縫い針を使っていた。
作り方はとても簡単。針の先を熱してから水で冷やす。針全体が冷めたら、ロウソ
クを塗る。小皿に入れた水にそっと針を浮かべる。ロウソクがないときは、木の葉
を水に浮かべその上に乗せてもよい。

 くるくる回る針がきちんと静止したところが『北』なのだ。

 何らかの磁気を帯びて、方位磁石が狂ってしまったのだろうか。
それとも、ありさがしくじったのだろうか。
ありさは焦った。

 「おかしい……こっちに進めば街道に出なければいけないのに……仕方がない。
元の場所まで戻るとするか」
そう考え、少し引き返したところで、信じられないような事態がありさに発生した。

 (グルグルグル……!)
「うっ……!?」

 ありさの足首に奇妙なものが巻きついた。
驚いたことにそれは褐色の蛇だった。
足がもつれてしまったありさは、前のめりに倒れ込んだ。

 「まさか……蛇が……!?」
腰のくないを抜き、蛇を切りつけようとした時、腕にも別の蛇が巻きついてきた。

 「そんなっ!?」
腕をグイグイと締め上げられて、ありさはとうとうくないを地面に落としてしまっ
た。

 さらに三匹目の蛇が両足を伝い、胴を這い登って、首に巻きつき、その長い胴体
でぐんぐん絞めつけて来る。
ありさは振り払おうともがくが、必死に巻きついてきた蛇は、そう簡単に払い落と
されるものでは無かった。

 首をグイグイと絞めつけられて息が苦しい。
「や、やめろ!く、苦しい!」
「ふふふ……噂のくノ一も蛇にかかれば一溜りもないのう……」

 どこからともなく低い声が聞こえてきた。
無機的で不気味な声だ。
周囲を見回したが人影はない。

 「おまえの強さは褒めてやろう。じゃが、この森に迷い込んだのが不幸じゃった
のう……」
「な、なんだとっ!? おまえは何者だ!」