『惠 一期一会』 Shyrock:作 第19話 衣装ぼくろ 私が赤い糸の由来を語り終えると、惠は何か意味ありげな深いため息をつきまし た。 「どうしたの?」 「いいぇ……うち、赤い糸とは全然関係あらへん人と結婚してしもたし、なんや急 に悲しゅうなってしもてぇ……」 「でもね、本当はご主人と赤い糸で繋がってるけど、たまたま今の惠には見えない だけじゃないのかな?」 「そんなことおへん。うちの人とは赤い糸も青い糸もあらしまへん」 惠は吐き捨てるようにつぶやきました。 これ以上赤い糸の話題を続けるべきではないと考えた私は、惠の背中を流していて 偶然見つけたうなじのほくろに話題を変えました。 「あれ?」 「どないしはりましたん?」 「こんなところにほくろがあるね」 そうささやきながら惠のうなじに軽く触れました。 「うなじのほくろのことどすか?」 「そう」 「これ、衣装ぼくろと言うんどすぇ」 「衣装ぼくろ?へぇ、初めて聞いたね。どういう意味なの?」 「ちっちゃい時お母はんに聞いた話どすけど、なんでも、うなじにほくろがあると 『衣装ぼくろ』言うて、一生、着物に困らへんちゅう話どすぅ」 「へぇ~それはいいね~。一生着物に困らないと言うことは、言い換えれば生涯 裕福に暮らせると言うことだよね。いいなあ~」 「あはは、せやけど、迷信どすぇ」 「いいや、きっと当たってると思うよ~」 「そうどすか?それやったら嬉しおすけどぉ。おほほほ……」 その時、そっとうなじにくちづけをしました。 きっちりと流していなかったので、少し石鹸の苦い味がしました。 惠はくすぐったかったのか、首をきゅっとすぼめました。 「あっ…こそばい……」 私は泡だらけの惠の背中に身体を寄せました。 私の胸と惠の背中が密着しています。 惠の肩に顎を乗せるような姿勢で、背後から抱きしめ乳房に触れました。 「あっ……」 突然惠への愛おしさがこみ上げ、背後から強く抱きしめました。 「裕太はん……」 「惠……」 頬が惠のうなじとぴったりくっついています。 「しあわせやわぁ……」 「僕も……」 「ずっとこのままやったらええのにぃ……」 「そうだね……」 惠は何気に後ろを振り返りました。 そして私の顔を見てクスクス笑い出しました。 「どうしたの?」 「そやかて裕太はんの顔に石鹸がぁ」 「えっ?」 惠があまりに笑うので鏡を覗き込んでみました。 すると鼻の頭に泡がついていて、まるでピエロの顔のようになっています。 私はすぐに石鹸を洗い流し、 「そんなに笑わなくても」 「せやけど、おかしいんやもん~。あはははははは~」 「そんなにおかしい……?わはははははは~~~」 惠があまりに笑うので、つい私もつられ笑いをしてしまいました。 ふたりのしっぽりとした甘い夜なのに、浴室内が少し不釣合いな笑い声に包まれま した。 でもそれは、とろけるような官能劇のほんの合間に過ぎなかったのでした。 この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました |