『いや!そんなもの挿れないで(改)』
 
                      Shyrock:作
第1話 濡れ衣


 「あ~あ、これだけ毎晩残業が続くと全然家でご飯が作れないわ。ブラック企業な
んだから。ぼちぼち転職を考えないといけないかもね。今夜は仕方ないからコンビニ
で何か買って帰ろう」

 終電で自宅の最寄り駅までたどり着いた衣葡(いぶ)はぐったりと疲れ果てていた。
マンションまでは歩いて八分かかる。
大通りから一筋入るだけで車も減りとても静かだ。
ブーツの足音が夜の静寂に響く。
中層マンションと戸建てが混在した地域を抜けると、ようやくコンビニの明かりが見
えた。

 最近残業が続いているので毎晩この店のお世話になっている。
もしかしたら店員が顔を覚えているかも知れない。
ただしコンビニはいくら常連になっても、個人商店と違って店員は淡々とマニュアル
道理にしかしゃべらない。

 そんなクールさが煩わしくなくて良いのだが、反面物足らなさも感じる。

 衣葡は自動ドアを通ると、すぐに買物かごを手にとった。
初めに弁当や惣菜のコーナーに行き、スパゲティとゴボウサラダを買った。
次に菓子コーナーに行きスナック菓子をかごに入れた。

 そのままレジーに向かおうとしたが、はたと立ち止まり雑誌コーナーに寄った。
毎月購読しているファッション雑誌『JJK』が本日発売日であることを思い出した
のだ。

 特に今月号は『SEXと私』という特集があり、好奇心旺盛な衣葡としては絶対見逃せ
なかった。
雑誌コーナーには数名が立ち読みをしていた。

 「あ、これだわ」

 立ち読みしている女性二人の間をやや遠慮気味に割り込みながら手を伸ばした。
ページを繰る。
結構過激なイラストまで描かれていて丁寧に解説している。
これは面白そうだ。
雑誌を買物かごに入れレジーへと向かった。

 レジーは幸いに混んでいなかったので、すぐに清算を済ますことができた。
(明日は久しぶりに休みだわ。今夜はゆっくりとこの雑誌を読むとしよう。うふ、楽
しみだわ)

 週末だが特にデートの予定はない。
現在付き合っている彼氏はいるのだが、人事異動で遠方に転勤してしまったので滅多
に会えない。

 週末になると終業時刻と同時に仕事を終えデートに向かうOLたちが羨ましかった。
(でもいいの。たまにしか会えないけど、会った時はいっぱい甘えちゃうんだから)

 衣葡は自分にそう言い聞かせた。

 ドアを出て数歩歩き始めると、後方から自分を呼止める男性の声があった。
(えっ?なに?私、おつりを貰うのを忘れたのかしら?)

 衣葡は訝しく思い後ろを振り返った。
そこには若い男性店員がいた。

 「あの、ちょっと来てもらえますか」
「え?私がすか?何か忘れ物でもしましたか?」
「ええ。忘れ物です。とにかく来てください」

 忘れ物をした客を呼びとめる態度にしては、不自然でありどこか高圧的であった。
しかし拒む理由もないので衣葡は仕方なく店員の言葉に従った。

 店員の後を追って再び入店すると、その店員はレジー奥のドアを開けて「どうぞ」
と案内した。
しかし店員の接客態度が良いとは言えず、衣葡は少し不快さを感じた。
それにしても忘れ物のことでどうしてわざわざ客を奥に案内するのだろうか。
衣葡は店の行動に不審を抱いた。

 店員が案内した部屋は事務室のようだ。
中央には大きなテーブルがあり、その奥には事務机二脚とパソコン等機器類が置かれ
ていた。

 壁際にはダンボール箱が積まれていて、お世辞にも整理整頓が行き届いているとは
言えなかった。

 大きなテーブルの正面には初老の男性が不機嫌な表情で腕組みをしている。
薄くなった頭頂部に側頭部から伸ばした髪をポマードで無理やりなでつけたいわゆる
バーコードヘアで、痩せていて顔のしわが異様に多い男であった。

 コンビニの店主であり、名前を松野と言った。
松野は衣葡の姿を見かけると突然高圧的に態度に出た。

 「困るんだよね。そう言うことされちゃ」
「え……?私が何か……?」
「何かじゃないよ。お客さんが商品を盗んだのをうちの店員が見てたんだよ。いわゆ
る現行犯ってやつだね。さっさと盗んだ商品を出しもらおうか」
「嘘です!私、盗んでなんかいません!私以前からこちらで買っています。ちゃんと
した客です!そんな酷いことを言うのはやめてください!」

 衣葡は懸命に釈明した。

「とぼけたってダメだよ。どうしても出さないなら、こっちから改めさせてもらうだ
け。商品が出てくればいっしょに警察に行ってもらうからね。いいね」
「私、盗んでなんかいません!だから絶対に出てきません!」

 とんだ濡れ衣を着せられ語気を荒げる衣葡に対し松野は、「まあ、調べれば分かる
ことさ。さあ検査しようか。ねえ、お客さん。ちゃんと調べればすぐにはっきりする
から」

 松野は衣葡に有無を言わせず半ば強引にバッグの中を探した。
当然盗んだ物など入っていない。
(盗んでなんかいないんだから、出てくるはずがないわ)

 さらに、松野は衣葡が着ている薄手のスプリングコートの上からポケット周辺を探
り始めた。
「ん……なんだ?これは……?」

 すると驚いたことに左ポケットから開封されていない生理用品のパッケージが一個
出て来た。
「はっは~ん…やっぱり……」


                

  この作品は「愛と官能の美学」Shyrock様から投稿していただきました