『惠 淫花のしたたり』
 
                    Shyrock:作
第4話

 やはり花びらの中心部に、大きな目のようなものが二つある。
瞬きもしないで、見開いたままだ。
いや、それが目であった場合の話だが。

 そして、その少し下に鼻らしきものがある。
それはお世辞にも高い鼻とは言えず、鼻の穴のようなものが二つ開いている。
形状からすればそれは猫のそれだ。

 それからさらに下に、口らしきものがある。
それらすべてはまるで麻痺しているかのように、ピクリとも動かない。
角度を変えてみたが、それはどう見ても猫の顔のようであった。

 惠は背筋に冷たいものを感じた。
「やっぱり猫の顔だわ、これは・・・」

 目・鼻・口・・・それらは微動だにしなかった。かと言って死んでいる感じではな
く、かすかに生気が感じられた。
「しょ、植物人間・・・?というか植物猫・・・?そんなのあり得ないわ・・・」

 (ゾロッ・・・)

 その時、惠の足元で、何かが引き摺るような音が聞こえた。
「えっ・・・?」
足元に目をやると、蔓が地を這うようにうごめき、突然、惠の足首に巻きついてきた。

 (シュルシュルシュルシュル~)

 「そ、そ、そんなぁぁぁぁぁ!?う、うそっ!?」
蔦は『植物X』の裾の方から伸びて来ているようだ。
惠は慌てて足首に巻きついた蔦を解こうと腰を屈め手を伸ばした。
するとまたもや別の蔦が伸びてきて、右手首にクルクルと巻きついた。

 「きゃぁぁぁぁぁ~~~!!何よ~これ~~~!!いやぁぁぁぁぁ~~~!!」
その動きはもはや植物とは思えなかった。
それはまるで蛇か触手を持つ動物のように思われた。
しかし蔓の根源をたどると、間違いなく『植物X』から這い出している。

 惠は空いている左手で蔓を振り解こうとしたが、蔓はさらに数本伸びてきて、左手
ともう片方の足首にも巻きついてしまった。

 「きゃぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!」

手足に巻きついた蔓は恐ろしく強い力で、惠の身体を幹の方へと引っ張り始めた。
惠は蔓を振り払おうと渾身の力を込めたが蔓はびくともしない。
その強靭さは糸瓜(へちま)や瓢箪(ひょうたん)等の植物からは到底想像できない。

 ジリッジリッと惠の身体が『植物X』へと引き寄せられていった。
「いやぁぁぁぁぁ~~~!な、何をしようというの!?やめて~~~!!」

 惠の悲痛な叫びが轟いた。
その時、1本の蔓が惠の首に巻きついた。
二重、三重と巻きついていく。

 「く、くるしい・・・!」
グイグイと締めつける蔓。惠はもがき苦しむ。
「うぐ・・・く・・・くるしぃ・・・うっ・・・・・・」

 次第に視界が翳んでいく。
薄れいく意識の中で、惠はすごい力でどこかに吸い込まれていくような気がした。
(あぁ・・・・・・私、食べられてしまうのぉ・・・?あぁぁ・・・誰かたすけて・
・・・・・あぁぁぁ・・・・・・)

 シューターを滑り落ちていくような奇妙な感覚。
(どこに落ちていくの・・・?)
植物に食べられているという感覚はまるでなかった。
その証拠に痛みは全く感じられなかった。

 意識は朦朧としているが、何故か身体が軽くなっていくような気がした。
(わたし・・・どうなるの・・・・・・?)

 意識がほとんど失われようとしていた。
(あぁ・・・消えていく・・・私が消えていくぅ・・・・・・・・・)


                

   この作品は「愛と官能の美学
」Shyrock様から投稿していただきました